第16回坂田記念ジャーナリズム賞(2008年)

(敬称略)

第16回坂田賞授賞理由

第1部門(スクープ・企画報道)

新聞の部

【坂田記念ジャーナリズム賞(2件)】
★毎日新聞社「無保険の子ども」取材班
 代表=戸田栄・大阪本社社会部副部長
 「無保険の子ども」救済キャンペーン

推薦理由

 親が国民健康保険料を滞納したために保険証を取り上げられ、病気になっても医療機関に行けない子どもたち――。毎日新聞取材班は、これまで放置されてきた「無保の子どもたち」をテーマに昨年6月から半年間、キャンペーン展開した。日本は「国民皆保険」を社会保障の基本理念に掲げているはずである。ところが私たちの身近に貧しさゆえに医者にかかることができない子どもたちがいる。この問題を竹島一登、平野光芳記者らと掘り起こし、発信した。反響は大きかった。キャンペーンに共感するうねりが地方から巻き起こり、ついには政治を動かし、昨年12月、国民健康保険法改正に結実した。これにより親の保険料の滞納があっても義務教育以下の子どもには保険証が一律交付される制度ができ、全国3万3000人を超える「無保険の子ども」の救済の道が開かれた。
 一連のキャンペーンの意義は次の点に集約できる。一つは、これまで報道されることがなかった社会問題に光を当て、法改正に結び付けたこと。二つ目は「無保険の子ども」の問題が、「不況と貧困」という今日的課題と密接に関連している点である。この国のセーフティーネットのぜい弱性を考えるキャンペーンでもあった。取材班はさらに広く日本の現在を覆う貧困」の問題を追及していきたいと考えている。
※なお、このキャンペーンは2009年9月、09年度新聞協会賞(企画部門)も受賞した。

授賞理由

 選考委員会では「ある種の地域課題が全国の課題へとつながっていく。それをみごとに表現したものと考えられる。また社会正義のための問題意識を明確にし、問題提起していくというジャーナリズムの使命の一つが果たされ、さらにその問題提起が法改正となって短期間に結実した点でもこの集中的な取材は評価できる」との意見で一致した。特に、「無保険の子どもの親たちについては『自己責任』『怠惰な人々』というステレオタイプ的な意識で片づけたり、保険料を納入している大多数の人々が、支払い不能の人々の暮らしと意識を考える社会的想像力やゆとりが欠如している傾きがあり、これらが現在の貧困と格差の問題の中核にある。この無知と無関心、想像力の欠如を補う綿密な調査取材と表現力を称賛したい」、「反貧困キャンペーンのスタートとして今後の展開も期待したい」との評価や注文が出された。

★神戸新聞社「あなたの愛の手を」取材班
 代表=三上喜美男・文化生活部長
 長期連載「あなたの愛の手を」と関連企画記事

推薦理由

 さまざまな事情で実の親と暮らせない子どもたちに里親を探す運動を、神戸新聞社は紙面で支援してきた。1962 (昭和37)年から続く連載記事「あなたの愛の手を」がそれだ。連載は昨年5月に2000回を達成した。数十人の担当記者が46年にわたって書きつないだ、地道なリレーの成果である。
 連載は原則として週1回、月曜日の朝刊に掲載、毎回、担当記者が子どものプロフィール を短い記事で紹介し、写真なども載せる。昨年春までに1090人の里親が見つかった。神戸新聞社はこの連載を通し、里親探しを専門とする民間団体「家庭養護促進協会」を全面的にバックアップしている。同協会は神戸と大阪に事務局を置くが、スタートは神戸。「愛の手」報道は地元メディアと民間の児童福祉団体がタイアップした、全国初の取り組みだった。もう一つ、「愛の手」運動が切り開いた成果が地元ラジオ局との協力だ。兄弟会社の「ラジオ関西」は新聞連載開始から3カ月遅れて「里親探し」の放送を始め、こちらも昨年9月に2000回を迎えた。これはメディアミックスを先取りした例とされる。
 取材班は2000回を新たな出発点ととらえ、同じ紙面で新たな関連企画記事「ずっと家族 がほしかった」をスタートさせた。現代の家族について読者とともに考える視点で、里親運動の現状や児童養護施設の子どもたちの姿、子連れ再婚家庭の思いなどをレポートしている。

授賞理由

 選考委員会は「県域紙として地味な企画だが、長期的に連載されたことに敬意を表したい。これまでの記事を読むと、人々を支えてきた地域や大家族が崩壊し、個人の不運や不幸がストレートに子どもに影響を与える時代になり、戦後の高度経済成長前期から現在までその不運や不幸が変化していることが分かる。その中で親が子を思い、子どもが親を慕う気持ちと家族の重要さを、変わらず訴え続け、さらに里親制度の理解を進めてきた継続性を高く評価したい。またこの継続性が生み出した家族を考える特集記事は、事件として顕在化しない家族と子どもの問題をリアルに伝え、読者に考える材料を与えている」との評価で一致。また選考委員の多くから「地元新聞と地元ラジオの連携も効果を上げている。神戸新聞の『宝』として今後も長く続けて欲しい」「記事で子どもたちへの愛情がにじみ出ているのもさわやかだ」などのエールも寄せられた。

放送の部

【坂田記念ジャーナリズム賞(1件)】
★関西テレビ放送「戦世(いくさゆ)を生きて」取材班
 代表=土井聡夫・報道番組部プロデューサー
 ドキュメンタリー「戦世(いくさゆ)を生きて――関西ウチナーンチュ・最後の証言」

推薦理由

 太平洋戦争末期の1945(昭和20)年、日本で唯一、地上戦が戦われた沖縄。圧倒的な戦力を誇る米軍と敗色濃厚な旧日本軍の戦いだったが、この地獄絵の中でもっとも凄惨な死が沖縄住民の「集団自決」だった。大江健三郎氏の著作「沖縄ノート」の記述に関連、この集団自決が軍の命令だったかが裁判で争われ、またこの問題は教科書の記述問題に発展、沖縄で住民運動が盛り上がるなど2008年は、沖縄での「集団自決」が新たな脚光を浴びた。このドキュメンタリーは地獄のような地上戦を生き延びた当時の少年、少女たちがどのような思いで生きてきたのかに迫った。取材対象者に真剣に向き合い、これまで家族の者にも多くを語らなかった沖縄戦を体験した女性が重い口を開き始め、学校などで戦争の悲惨さを伝えるようになった。「生の証言」は聞く者に大きな衝撃を与え、多くの反響が寄せられた。 沖縄の人々にとって戦争はまだ続いていることを実感させるドキュメンタリーになった。

授賞理由

 沖縄戦での「集団自決」については、この関西テレビのほか、読売テレビからも「証言 集団自決 語り継ぐ沖縄戦」が応募された。選考委員会では「同様なテーマを2局がドキュメンタリーを制作したことが注目される。ただ、関西テレビ作品は大正区に移り住んだ沖縄出身者の証言を手掛かりに画面が構成され、身近な緊迫感があった。あまりにも残酷な沖縄戦を思い出したくない証人たちの口は重いが、その口を徐々に語らせる沖縄2世の地道な日常活動が静かに語られるのも印象的だった。特に79歳になって初めて証言活動を始めた女性の証言は説得力があった」と評価。さらに「2作品とも沖縄の人々の心に寄り添った良質の作品だったが、関西テレビの方がより強く関西にこだわり、沖縄から移り住んだ人々の2世たちが、戦争を振り返り、沖縄文庫運営など文化活動を通して沖縄人のアイデンティティを確認する過程が見事に描かれている」との指摘もあり、在阪局への励ましと期待が強く出された。

【坂田記念ジャーナリズム賞特別賞(2件)】
★三重テレビ「ハンセン病と戦争」取材班
 代表=小川秀幸・報道制作部副部長
 「いのちの“格差”」

推薦理由

 三重テレビでは2002年からこれまでハンセン病に関するドキュメンタリーを数本制作してきたが、この「いのちの“格差”」はその集大成の意味で取り組んだ。ハンセン病患者の隔離がどうして始まったのか、それを考える中で「戦争」という歴史と切り離せないことに気付いた。日本が戦争に突き進んでいった時代、「お国のために役立たない」とみなされた集団は強制的に隔離され、子孫を残す権利さえ奪われた。その上、戦時中の療養所は外部の社会に比べ、悲惨な状況にあり、「患者撲滅政策だった」という回復者もいる。患者の排除は太平洋戦争に始まったことでなく、それ以前にも見られたことも分かってきた。そして三重県では陸軍大演習が予定されていたこと、伊勢神宮があったことから「患者狩り」が進んだという歴史もあった。邑久光明園の牧野正直園長が言うように「戦争中、最も翻弄された人たちの中にハンセン病患者がいた」のだ。
 この「お国に役立たない者は排除する」という構図は戦時中だけなのか? 豊かと言われ る現代社会において障害者が自立して暮らしていくのに課題も多く、非正規労働者や後期 高齢者に対する政策も優しいとは言えない。番組放送時には現在ほどの景気悪化は想像できなかったが、お国の一大事に社会の隅っこに追いやられる弱い立場の人たち――そんな 構図が再び現出しないよう、社会に問いかけたかった番組だ。

授賞理由

 選考委員会では「ハンセン病問題はすでに終わっているという人もいるし、すでにかなりのドキュメンタリー作品が放送されているが、この作品は県域局らしさが出た作品として評価できる。ハンセン病への差別と偏見は、すでに多くの人たちの共通認識になっていると思われるが、戦争の記憶と結びつけ、その社会的排除が軍隊との関連で語られることは少なかった。近代の『優生思想』だけでなく、富国強兵政策のもとでの身体の改造と関連させての説明を一般視聴者の認識にしようとした努力は評価できる。さらにこの作品の優れたところは三重県の地域特性と接合させたことによるのではないか。つまり、伊勢神宮を抱える県として『社会浄化』を推進したという資料の発掘は貴重であると同時に、県域局での報道表現の難しさも想像できるだけに、勇気ある作品と言ってよい」と評価した。また選考委員から「今回の三重テレビのように今後、各地の県域局も積極的に、この坂田記念ジャーナリ ズム賞に応募してくる刺激になれば」という期待も出された。

★毎日放送報道局番組センターディレクター・奥田雅治
 映像’08 「息子は、工場で死んだ~ 急増する非正規労働者の労災事故~」

推薦理由

 「労働問題は映像になりにくい」という声をよく聞く。景気の急激な悪化を背景に非正規労働者の解雇が社会問題化し、テレビがニュースなどで連日のように雇用問題を伝え始めたのもつい最近のことだ。毎日放送の「映像」シリーズでは、数年前から労働問題を番組テーマの一つに据え、いくつかの番組を制作してきた。2007年放送の「夫はなぜ、死んだのか〜過労死認定の厚い壁~」はトヨタに勤める正社員の男性が過労死した問題を取り上げ、高い評価を受けた。今回の「息子は、工場で死んだ~急増する非正規労働者の労災事故~」もこうした一連のテーマから生まれた番組だ。
 非正規労働者はしばしば雇用の不安定さが問題視されるが、もっとも深刻なのが、労働現場の安全管理がないがしろにされ、死傷するケースがあとを絶たないことだ。例えば、派遣労働者の数は増加の一途をたどっているが、それを上回る率で労災事故が起きている。背景には、企業側にとって正社員と非正規労働者では、安全配慮や労災責任の面で大きな違いがあげられる。このため非正規労働者は正社員と比べ、危険な仕事に従事させられるケースが多く、職場の安全を求めても、受け入れられることはまずない。この番組では、非正規労働者として働き、労災事故で亡くなった男性たちの職場実態を明らかにし、雇用の規制緩和が生んだひずみを浮き彫りにした。

授賞理由

 選考委員会では「アメリカの金融危機が世界を巻き込んで、日本では昨年末に「日比谷公園派遣村」に象徴される非正規労働者の解雇が続発し、年が明けて正規労働者にも及ぼうとしている。しかし、派遣労働者たちの仕事がどんな内容だったのか、どんな働かされ方だったのかはあまり伝わってきていない。この番組では劣悪な現場で死と隣り合って働かされている労働環境がきちんと伝えられていた。また息子の死を詳しく知ろうとして工場の門前に立ち、ビラを配って元同僚たちに訴える両親の姿も強く訴えるものがあり、派遣という名の偽装請負の現状をしっかりと見据えた映像だ。「命も使い捨て!」と言わんばかりに若者たちをこのように人間扱いしない現場に追いやっている現実をクローズアップした」と評価した。また前回の番組と同様、「企業名をしっかり挙げて報道しているところに報道する勇気と覚悟も覚えさせられた」と積極的に評価する一方、「しっかりした内容だが、二番煎じの感が否めない」とする意見もあった。

第2部門(国際交流・国際貢献報道)

新聞の部

【坂田記念ジャーナリズム賞(1件)】
★産経新聞文化部記者・篠田丈晴
 企画連載「海峡を越えて――埋もれた日韓歌謡史」

推薦理由

 戦前戦中の、いわゆる日韓併合時代の朝鮮半島で大衆歌謡はどのように制作、流通され、人々はどんな思いでそれを聞いたのか。日韓の共有した歴史を大衆音楽の文脈で見つめ直したい、そんな問題意識をもとに始めた連載企画である。きっかけは国立民族学博物館で眠っていた6800枚という膨大な当時のSPレコード原盤だった。それらは朝鮮と台湾、中国で録音されたもので戦災を免れた。散逸を恐れた日本コロムビアが同博物館に収蔵を依頼して寄贈したが、今に残る一級の歴史的資料となった。研究チームが作ったそのディスコグラフィーなどを手掛かりに取材を始め、韓国音楽界の重鎮、半夜月をはじめ、当時を知る関係者の時代証言によって、「改詞」など今までに知られていなかった様々な事実が浮き彫りになった。古賀政男と演歌の源流論争、「木浦の涙」や「カスパの女」の作曲家、孫牧人の知られざる逸話を始め、服部良一が 朝鮮で流行した大衆歌謡の編曲を手掛けていたことも明らかになり、また日韓歌謡史の鍵を握るヒットメーカー、朝比奈昇の存在も浮かび上がった。
 国境を越え、時代を映し出す大衆歌謡。すでに関係者の大半は他界しており、書き留めるのは今しかない。これもまたジャーナリズムの責務だと考える。連載は日韓の音楽関係者のみならず、往年の大衆歌謡を懐かしむ人たちからも幅広い反響を呼んだ。平成21年も引き 続き、日韓の歌謡界の思いを交えながら第3部、第4部まで続け、貴重な音源はできればラジオ番組などを通じて紹介したいと考えている。

授賞理由

 選考委員会は「日韓の歌謡史については文献もありまたテレビ番組にもなっているので知る人も多いが、今回コロムビアレコードの原盤が国立民族学博物館に寄贈されたことを契機に日韓歌謡史の歴史をたどる取材は、未知の部分も多く、また学問的にも信頼に足るものになっている。特に大阪が生んだ作曲家服部良一の音楽活動との関わりに多くの紙面を割いたことも評価したい。政治的主張のある記事と異なり、音楽文化の視点に立った交流史として冷静な記事になっている。新聞は大まかな流れを紹介し、詳しくは研究者の作業を待てば良いと考えると、新聞の国際交流・貢献作業としては現時点で最高の出来になっており歌謡史にとどまらず、一般啓発としての文化史から国際理解論にまでなっている」と評価した。また「埋もれた歴史を掘り起こす素晴らしさを感じた」「日本の植民地政策の一端をうかがわせる」などの指摘もあった。

放送の部

【坂田記念ジャーナリズム賞(1件)】
★読売テレビ放送報道局ディレクター・堀川雅子
 NNNドキュメント’08「あとりえ~“枠”を飛び出す鬼才アーティストたち〜」

推薦理由

 芸術活動を続ける福祉施設「アトリエ・インカーブ」を1年間にわたって密着取材した。環境が整い、チャンスがあれば、人は想像を超える才能を発揮できることを伝えるのが狙いで、現代アートの発信地ニューヨークでも取材し、ここに集まる知的障害者たちの作品が世界に通用することを紹介した。大阪市内の「アトリエ・インカーブ」には知的障害者24人が通う、こぢんまりした、笑いの絶えない空間だ。「アウトサイダー・アート」は最近、日本でもにわかに注目され始めた。大学などで正規の美術教育を受けてない人の芸術分野で “枠” や “常識”にとらわれない「アトリエ・インカーブ」の作品は現代アートの超新星としても快進撃を続けている。年に一度、ニューヨークで開かれるフェアでも展示、即売され、時に1点200万円もの値段が付く。今回、取材したニューヨークの画廊主も彼らの才能に大きな関心を寄せ、作品をシリーズで集めているファンもいる。
 「アトリエ・インカーブ」のもう一つの特徴はその運営方針。スタッフは絵画の指導は一切せず、あくまでサポーターに徹する。また「障害者アート」として憐れみや同情ではなく、正当な評価を求め、自らを厳しくしている。美術界だけでなく、福祉行政にも鋭く切り込んだこのドキュメントについては視聴者の反響も大きく、「学校教育の教材に」など115通の感想が届いた。また海外でも反響を呼び、2011年には大規模な企画展がニューヨークで予定されている。

授賞理由

 選考委員会では「この作品は人間には誰にも人間としての特質があり、その特質が一般の生活では見過ごされがちな障害を持つ者の芸術作品の特異性に着目したものである。日本では専門家や画商の間でしか知られていないことを一般向けのテレビ番組としたところを評価したい。また、テレビならではのきれいな映像で気持ちよく見ることができた。障害のある人が自由に通い、才能を自由に発揮できる場を作った施設長の姿も丁寧に描かれていた。現代美術の中心地・ニューヨークで認められ、日本にその評価が逆輸入されているわけでこれも国際交流の姿を映すもの。これを機に日本人にもっともっと現代美術の素晴らしさを広めてほしい。密着取材が生きたドキュメントだ」と評価された。一方、委員の中から「全体として日本の社会が欧米に比べ、障害者に優しくないという部分も背景として描いた方が作品に深みが出たのでは」という注文もあった。

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