第25回坂田記念ジャーナリズム賞(2017年)

(敬称略)

第25回坂田賞授賞理由

第1部門(スクープ・企画報道)

新聞の部

【坂田記念ジャーナリズム賞(2件)】
★京都新聞報道部取材班
 代表=編集局次長兼報道部長・円城得之(えんじょう・とくゆき)
 湯川秀樹博士の終戦記の未公開日記スクープ及び一連の報道

推薦理由

 日本人初のノーベル賞を受賞し、終戦後の人々に励みをもたらした湯川秀樹博士だが、終戦からしばらくは新聞寄稿などを断り「沈思と反省の日々」を過ごしていた。京都大学で行われた原爆開発「F研究」に携わったことがその背景にあるといわれるが、湯川博士が終戦をどう迎え、終戦直後にどのようなことに関心を持ったのかが分かる1945年6月1日から同年12月31日までの日記は、科学史や科学者による平和活動史を考えるうえで第1級の資料といえる。
 湯川博士の遺族から寄贈された京大基礎物理学研究所湯川記念館史料室が所蔵している日記は、プライバシーへの配慮から公開予定はなかった。しかし、埋もれてしまう可能性のあった歴史的価値の高い日記を、多くの関係者を説得することで公表できたことは大きな意義があるといえる。スクープの翌日からの連載「古都 象徴 平和 軍学共同の道」は、戦中の軍事研究だけでなく、米軍資金の大学への流入や大幅に増えた防衛装備庁の助成金、大学の姿勢など現在の実情を描き、平和利用を掲げてきた日本の科学が直面する課題を考察した。

授賞理由

 戦中に、旧海軍と京大の物理学者グループによる原爆研究の存在は知られているが、湯川博士の終戦前後の日記の記述が公にされたことにより、科学史の空白の1ページが埋められた感がある。この研究に携わったことが湯川博士の終戦直後の沈黙につながっているように思えるが、「平和主義者」としてのイメージが定着している博士の知られざる実像を明らかにすることは、メディアとして勇気ある行動といえる。
 その後の一連の報道は、軍事研究への科学者の関与・研究倫理という重いテーマを徐々に掘り下げ、米軍や防衛省の資金が「研究費減額」という締め付けの下で大学研究に流れ込み、軍学共同の傾向を強めていることを示唆。あまり知られていない現状に警鐘を鳴らす報道は、権力によるメディアの締め付けが強まる今日において貴重であり、高く評価できる。

★朝日新聞大阪社会部森友学園問題取材班
 代表=社会部次長・山平慎一郎(やまひら・しんいちろう)
 森友学園への国有地売却問題をめぐる一連の報道

推薦理由

 ことの始まりは、学校法人「森友学園」が取得した国有地の売却価格を、財務省近畿財務局が非公開としたことに大阪府豊中市の担当記者が疑問を抱いたことだった。同学園の籠池泰典氏(元理事長)や近畿財務局への直接取材や情報公開請求など、多岐にわたる調査報道で、価格が近隣国有地の10分の1だったことを突き止めた。また、同学園の名誉校長が首相夫人だったことも含め、地方の現場から国政を揺るがす報道に発展させた。
 その後も財務省による8億円のゴミ撤去値引きや、大阪地検が捜査に着手した森友学園側の書類の虚偽スクープ、政治家介入の疑いなどの現場からの報道に加え、「忖度疑惑」や記録保管問題など、政策決定過程や官僚組織の在り方への疑念を社会に問い続ける報道は、価値が高いと考える。

授賞理由

 日本の政治家が絡む経済事件は多くあるが、「森友学園問題」は、総理大臣とその妻がイデオロギー的に親密な「お友達」を優遇したのではないかという世俗的構図とともに、有力政治家と官僚との関係をめぐり、「忖度」という言葉に新しい解釈を付け加えるほどの特異なメディア現象となった。しかも、火をつけた朝日新聞大阪本社はその次元で終わらせることなく、粘り強くかつ多角的に現代日本の「暗部」を具体的に提示し、今後、類似の政治事件を減少させるであろう効果を持つものになった。
 また、政治疑惑だけでなく、森友学園の教育内容や、私学設立審査・補助金給付の在り方など、関連した諸問題に多角的にアプローチすることで、問題の背景要因も明らかにされている。永田町・霞が関を揺るがしている継続中の事案ではあるが、恐れずに権力と対峙する姿勢を伝統とする大阪ジャーナリズムを代表する報道といえ、高く評価できる。

【坂田記念ジャーナリズム賞特別賞(1件)】
★毎日新聞大阪社会部「明日がみえますか」取材班
 代表=社会部次長・一色昭宏(いっしき・あきひろ)
 シリーズ連載企画「明日がみえますか」

推薦理由

 将来を見通しにくい不透明な時代だからこそ、人々の日々の暮らしや生き方に密着し、さまざまなテーマを取り上げ、メディアとしていったん立ち止まり、読者と一緒に考えてみたいという企画シリーズは、まず、少子高齢社会に飲み込まれたかつての夢のマイホーム・分譲マンションの今を追った「マンション漂流」から始めた。関西だけでなく全国各地で管理不全に陥っていた。「事件」ではない現実への問題提起は読者から1000件を超える体験や意見が寄せられ、他のメディアの関心も喚起した。その後、シリーズは低賃金労働の現実、特殊詐欺被害者と家族の背景、高齢者の死を考えた「死と向き合う」と続き、再びマンション問題の追跡を計3回のシリーズで伝えた。
 報道は大阪社会部の記者が担ったが、取材は全国に広がり、紙面掲載だけでなくインターネット発信でのシリーズ展開がより多くの読者からの反響となり、それを踏まえ、さらに取材が広がるという記者と読者の双方向発信が大きな成果につながったといえる。2018年も連載企画は継続する。

授賞理由

 「マンション漂流」は少子高齢化時代の社会変化に乗り遅れた都市基盤問題を鋭くえぐり出すと同時に、読者一人ひとりに「思考実験」させるような内容であり、同一テーマを繰り返し取材報道することで、対応策の具体例も提示され、実用性のあるものになっている。
 葬儀形式の在り方を問う「死と向き合う」やベトナム人技能実習生を追った「揺れる国際貢献」、「違法賃金」などその後のシリーズも、日常的な生活空間の中から現代日本社会の直面する諸問題に切り込んだ調査報道になっており、記事として読みごたえのある内容だった。ある意味で関西ジャーナリズムの一つ理想的な実践事例ともいえる報道で、今後への期待も含め評価できる。

放送の部

【坂田記念ジャーナリズム賞(2件)】
★朝日放送報道局「生き直したい」取材班
 代表=報道企画部長・藤田貴久(ふじた・たかひさ)
 「生き直したい」

推薦理由

 世界的に比較して日本の高齢者の再犯率が異常なほどに高いのはなぜなのか。番組は11回服役し通算で50年以上を獄中で過ごした70代の男性に密着した。発端は2006年に起きたJR下関駅放火事件。京都生まれで軽度の知的障害のある福田九右衛門容疑者(当時74)は、福岡刑務所を出所した直後に、生活保護を受けようと北九州市役所に出向いたが叶わず、放火した。それまでの10回の服役もすべて放火・放火未遂。「人生で辛いのは、刑務所を出ても誰も迎えがないこと」と語る。
 11回目の服役中、大津市出身で、北九州市で生活困窮者支援をしていた奥田知志・伴子夫妻と番組の長塚洋ディレクターが面会に訪れ、出所後に支援することを約束。奥田夫妻は出所した福田氏を受け入れ密着取材が始まった。取材の中で「もう火はつけない、友だちがいるし」と福田氏。英国では孤独担当大臣というポストが新設されたが、人と人の繋がりの重要性と同時に、「孤独」は結果的に国の損失につながることを伝えている。

授賞理由

 再犯防止、特に刑余者に対する生活支援や就労支援、いわゆる「水際作戦」といわれる生活保護制度の運用、生活困窮者に対する「自立支援」(特に居住確保)など、現行の福祉政策にかかわる主要な論点が複雑に絡み合う領域をテーマに取り上げた作品といえる。奥田夫妻の活動はたびたびメディアに取り上げられているが、今回は高齢者に焦点をあて、生き直しのストーリーとして描いたことに独自性があり、ふくらみのある作品となっているうえ、知的障害や発達障害のある人への支援制度のあり方や、孤独を防止し地域に人々を繋ぎとめるための政策について、多くの示唆を伝えている。
 「孤独」は、ある意味で人間の普遍的なテーマで、「孤独が犯罪を生む」のかどうかは別として、人が生きていく中で、孤独の辛さを高齢の出所者を通して描いたことは評価できる。ハッピーエンド的な番組の終わり方の中にも、誰にも共通している人生そのものの「危うさ」を暗示しているようにも感じられ、深みある秀作だ。

★NHK大阪放送局取材班
 代表=報道番組チーフプロデューサー・横井秀信(よこい・ひでのぶ)
 NHKスペシャル「総書記 遺された声~日中国交45年目の秘史~」

推薦理由

 国交正常化から45年になる日中間には歴史認識問題や尖閣諸島をめぐる深い溝が横たわり、相手国の印象を「良くない」と感じる人は、日本側で約9割、中国側で7割に上るという調査もある。しかし、かつて「蜜月」といわれる日中関係を築いたのが胡耀邦元中国共産党総書記(故人)と中曽根康弘元首相だ。
 番組は胡総書記の4時間に及ぶ肉声記録と、発掘した日中間の膨大な外交資料、さらには当事者へのインタビューから日中の知られざる外交史を浮きぼりにした。胡総書記は、双方の努力で歴史認識の溝は乗り越えられるとの信念から「報復主義はいけない」と中国共産党内の対日批判を抑えようとした。一方、中曽根元首相は「相手国の国民感情あるいは政治状況は日本の総理大臣としても重要だ」と靖国参拝を自粛した。だが、胡総書記は親日と弾劾され失脚。中曽根元首相も厳しい国内批判にさらされた。蜜月は去ったが、「他国に友好的でない愛国主義は誤国主義で道を誤る」との警句を残した胡総書記ら先人の歩みを紐解いた番組は両国で視聴され、日中関係のあるべき姿を考える機会を提供した。

授賞理由

 日本と中国の間の表面的な対立と友好の高低には双方の事情による時代的な変遷があるが、この番組は故・山崎豊子氏の取材記録をもとに、関係者への取材や独自入手した外交文書、公開された中国側資料などを踏まえ、胡耀邦総書記時代の日中間関係の隠された物語を明らかにしている。胡総書記が考える「愛国主義」が番組全体を貫くキーワードとなっており、現代の日中関係や東アジアの政治情勢についてのメッセージを打ち出した、質の高い政治史ドキュメントになっている。
 大阪ゆかりの作家である山崎氏の残したテープから日中秘史を掘り起こしている点も作品として評価できる。最近、中国政府は天安門事件ばかりか、多くの人々が犠牲になった文化大革命まで歴史教科書から抹消しようとしているとみられており、この二つの事件にまたがった胡総書記の足跡を歴史に刻むドキュメンタリーとしても意義深い。良くも悪くもトップの姿勢が二国間の関係を左右するが、胡総書記の墓碑の背後で、中曽根元首相が贈った桜の苗が木々に成長している姿を映したラストは極めて印象的だった。

【坂田記念ジャーナリズム賞特別賞(1件)】
★毎日放送映像‘17取材班
 代表=ディレクター・津村建夫(つむら・たけお)
 「私は殺していない~呼吸器外し事件の真相~」

推薦理由

 2003年、滋賀県湖東町の病院で患者の人工呼吸器を故意に外して死亡させたとして逮捕され、懲役12年の実刑を受けた元看護助手の西山美香さんだが、「私は殺していない。取調べの刑事が好きになり、言われるがままにウソの自白をした」と、無実を訴え続けた。毎日放送は事件発生当時、警察や検察の発表に基づいて報道したが「事件は冤罪なのではないか?」との疑問から改めて取材を開始。弁護士や関係者の話から、西山さんは無実だとの「心証」を得て、2017年8月、西山さんが刑期を終えて出所した日から独自に密着取材を始めた。
 20代~30代に獄中暮らしを強いられた西山さんの無念な思い。警察の見込み捜査とでっち上げの詳細。死亡した患者の死因についての矛盾などを、CG映像を駆使してドキュメンタリー番組として構成し、冤罪の可能性が高いことを訴えた。視聴者の反響は大きく、他のメディアも報道。報道1か月後に「患者の死因に合理的な疑いがあり、自白も信用できない」として、大阪高裁が再審開始の決定を下す一助になった。

授賞理由

 この事件が冤罪である可能性が極めて濃厚なことを丹念な調査報告で明らかにしている。殺人罪で服役した西山さんがなぜウソの自白をしたのかという疑問も、西山さんの生い立ちや発達障害についての説明によって氷解する。元指導教員、精神科医、弁護士ら専門家の証言にも説得性があり、視聴者に大きなインパクトを与えている。
 番組は社会正義としてだけではなく、緻密な取材、インタビュー、再現CGなどで注意深く構成され、フィクションでは決して表現しえない「人間ドラマ」でもあり、地域ジャーナリズムの鏡ともいえるドキュメンタリーとして、評価できる。同時に、冤罪が引き起こされる可能性に、新たな視点を提供している面も見逃せない。

第2部門(国際交流・国際貢献報道)

新聞の部

【坂田記念ジャーナリズム賞特別賞(1件)】
★朝日新聞阪神支局襲撃事件取材班
 代表=社会部・地域報道部次長・八木正則(やぎ・まさのり)
 世界のメディアへの暴力や圧力の現状を巡る一連の報道~阪神支局襲撃事件30年によせて

推薦理由

 1987年の阪神支局襲撃事件から30年になるのを機を、メディアを取り巻く環境について世界各地の現状を描いた。さまざまな政治・経済情勢、犯罪、紛争などを背景に、インターネットの急激な普及もあいまって、メディアへの敵意が、記者への脅迫や圧力など多様な形態で表面化しており、ジャーナリスト殺害も頻発している。同時に、真偽不明なフェークニュースが流布され、報道機関の役割も見直されている。
 そうした状況下、国際ジャーナリスト連盟の114カ国・地域の155団体の代表らを対象に、報道の自由について、メールや郵便で協力を依頼し、50カ国・地域の61団体からの回答を踏まえ、暴力や圧力を受けながらも報道し続けている実情を報告。それにあわせメキシコ、ギリシャ、フィリピン、香港などの言論環境の危機を具体的に取材し、同僚が命を落としても、ペンを捨てない仲間たちの姿などを伝え、大きな反響があった。

授賞理由

 ジャーナリストに対する直接的な暴力や間接的な圧力が高まっている現状を、世界各地のジャーナリストへの独自調査の結果と、海外での直接取材をベースに報道している。メキシコ、ギリシャ、フィリピンなどで、実際に記者が殺害されたり脅迫された事案の描写は生々しい。こうした暴力が、記者への経済的締め付けや恐怖心や萎縮という負の心理効果をもたらし、メディアの「自己規制」に結びついていることが浮き彫りにされている。
 ネット社会化の影響や、日本の「報道の自由度」ランキングがギリシャと同程度にまで落ち込んでいることなど、注目すべき視点も数多く盛り込まれている。直接取材した国が日本と単純に比較するには多少無理がある側面や、もう少し海外事情を掘り下げてほしかった面などが気になる。しかし、「公正中立な選挙報道」とか「電波停止」などと政権与党(の政治家)が堂々と発言する日本で、言論の自由を守るための報道を臆さずに続けることを期待したい。

放送の部

★テレビ大阪アジアスペシャル取材班
 代表=報道部プロデューサー・綱沢啓芳(つなざわ・ひろよし)
 天空家族の七年~中国・四川省標高3000mの希望~

推薦理由

 2009年、超格差社会の中国で「格差」の実態を撮影しようと、当時の最貧困地域だった標高3000mの山岳村落に住む少数民族家族の取材を始めた。1年間の密着取材で報道した番組は日本民間放送連盟賞テレビ部門優秀賞などを受賞したが、今回は、同じ家族の7年後を再び1年間にわたり密着取材した。
 「大学に行けば豊かになれる」と固く信じる親の期待に対し、進学の夢を諦め弟の学費を稼ぐために出稼ぎに出る長女。家族の未来を一身に背負い村を離れ高校受験に挑む長男。中学2年の次女も含めそれぞれの消息を追った。貧困に苦しむ家族が、猛烈な経済成長を見せる中国内陸部で、進学にすべてを賭けて未来を夢見る姿から、過酷な教育事情や家族愛、そして幸せとはいったい何なのかという、日本では希薄になっているテーマを映像で伝えた。厳しい取材制限もあり、日本にはほとんど伝えられていない貴重な映像も多く、番組を通して自分たちの生き方を見直すきっかけになればと考えた。

授賞理由

 中国・四川省の山岳部の少数民族家族に密着した2009年の番組の続編だが、7年を経て、一人ひとりの姿形の変化、病気や受験といったライフイベントの体験などを通して、とりわけ子どもたちの内面的な成長が描かれていることは面白い。最貧地域の家族や村全体が進学~就職(恐らく公務員)に未来の夢と希望を抱く一方で、過剰な期待が子どもたちの生き方に影を落としていることが伝わってくる。内陸部の経済成長が物質的な豊かさをもたらすとともに、個人間の競争を激化させている中国だからこその7年間の変化が、生々しく浮かび上がる秀作である。
 特に学歴社会と貧困の連鎖という視点に焦点をあてたことで、中国社会の矛盾だけでなく、高度経済成長期前の日本社会を比較的に想起させる内容であり、さらに7年後の取材を期待したい。現在の日本の貧困問題との構造的相違を描く工夫をしないと、ネット愛好者に特徴的な視野狭窄性に陥りかねないことも認識してほしいが、これまでの蓄積が生かされた、現代中国の一断面をリアルに伝えている。

坂田賞一覧