第27回坂田記念ジャーナリズム賞(2019年)

(敬称略)
※それぞれの部門の表記順は推薦受付順
※肩書は受賞当時のもの

第27回坂田賞授賞理由

第1部門(スクープ・企画報道)

新聞の部

【坂田記念ジャーナリズム賞(2件)】
★産経新聞大阪本社「夜間中学取材班」
 代表=産経新聞大阪本社社会部次長・河居貴司(かわい・たかし)
 連載企画「夜間中学はいま」

推薦理由

 戦争や貧困など様々な理由で義務教育を受けられなかった人たちのために、夜間中学はいつの時代も「教育のセーフネット」の役割を果たしてきたと同時に、時代の状況を映す社会の鏡であり、縮図とも呼ばれる。在日韓国朝鮮人、中国残留孤児、小学校を卒業しなかった「消えた子供」、いじめなどによる引きこもり、離婚や仕事など親の都合に振り回された人、紛争地域から逃れてきた外国人・・・複雑多様な人々の姿を連載で描き、変わり続ける夜間中学の今を紹介した。
 公教育が健全に機能していれば、本来、夜間中学は不要なはずだが、そこから漏れた人たちは、昔も今も、常にいる。9都府県で計33校しかない夜間中学は「あってはならない学校。しかし、なくてはならない学校」という現実を突きつけている。この連載を通して夜間中学への認識が高まり、開設を促す動きも生まれた。

授賞理由

 この連載は二つの意味で秀作だ。第一は、デジタル情報化社会の現代における紙媒体で、社会の基本構造について読者にじっくりと読ませ、理解させようとする努力に成功している点。第二は、ともすれば表面的でうつろいやすい事象に惑わされがちな国際化時代の今、私たちが真剣に取り組み解決しておかないと取り返しが難しくなる諸問題について、地道な取材で克明かつ説得的にレポートしている点である。
 登場する人々の背景にある、壮絶な人生や他人には吐露できなかった心の苦しみが、読者の心をとらえる。学校を巡る論議など多面的な構成も工夫された好企画だ。夜間中学を取り上げようという姿勢も含め、「あってはならない学校。しかし、なくてはならない学校」という言葉の重さが伝わってくる連載になっており、高く評価できる。

★京都新聞社「京都アニメーション放火殺人事件」取材班
 代表=京都新聞報道部社会担当部長・目黒重幸(めぐろ・しげたか)
 京都アニメーション放火殺人事件の一連の報道

推薦理由

 大惨事となった京都アニメーション放火殺人事件。容疑者はなぜガソリンをまいて放火したのか。なぜこれほど多くの人が犠牲になったのか。取材班は日本中が震撼した事件の背景をいち早く追及し、事件翌日に「小説を盗んだから放火した」という犯行動機につながる供述をスクープ。被害が拡大した原因追及でも関係機関の内部情報などから、建物の構造を指摘し、今後の防災体制の見直しに向けた問題も提起した。
 また、被害者の実名を京都府警が発表するまで40日も要した経緯を報道し、背後に国家公安委員長ら政治家の動きがあった可能性を提示。府警による被害者や遺族の意向調査の矛盾なども明らかにし、実名報道の是非に悩み迷う取材の内幕も提供するなど読者との対話に努めた。最終的に犠牲者35名の実名と功績や人となりを2ページ全面で詳報した記事には、遺族やアニメファンから「故人の足跡を伝えてくれた」という感謝の声が寄せられた。

授賞理由

 世界中のアニメファンの目が注がれた史上最悪ともいえる放火殺人事件を、地元の地域紙として長期にわたって取材、報道を続けたことをまず評価できる。とりわけ、被害者、犠牲者の遺族に寄り添い、一人ひとりの人生を振り返る取材は地元紙ならではの内容だった。さらに、これまでの被害者への取材と報道についての問い直しを含めた、いわばタメ取材ともいえる継続取材の記事は、ジャーナリズム内の論議を一般市民の間で考える材料を提供したという点でも評価されるべきだ。
 取材班の記者たちが悩み迷い、改めて社会に問われたこうした事件の実名報道の是非は、おそらく絶対的に正しいという答えはないだろうと思われる。実名報道を原則としつつ、個々の事情に応じてその都度、答えを出してゆくしかない。その意味で、現場の記者たちが登場した「真相 京アニメ事件 連載・記者の葛藤」は記者たちの肉声が伝わってきた読ませる内容で、取材班の一連の報道は高く評価したい。

【坂田記念ジャーナリズム賞特別賞(1件)】
★読売新聞大阪本社社会部記者・上村真也(うえむら・しんや)
 夕刊連載「ハレルヤ!西成 メダデ物語」

推薦理由

 大阪市西成区の「メダデ教会」を主宰する牧師・西田好子さんと約20人の信徒に、1年半余のあいだ密着し、第1部18回(反響編含む)、第2部・激動編30回を連載し、読者からの大きな反響があった。登場する信徒たちは全員が野宿経験者であり窃盗などの前歴者もおり、多くが何らかの病や障害を抱える生活困窮者。彼らを見つめる69歳の西田さんは50歳を過ぎて、教師から牧師に転身。少々口は悪いが、向こう見ずで情に厚いおばちゃん。トラブルばかり引き起こす信者たちを見捨てることなく、立ち直らせようと奮闘する。
 密着取材することで浮かび上がってきたのは、人間の弱さや更生の難しさ、そして貧困やアルコール依存症など社会の底辺に横たわる現実だ。その一方で、差別・偏見に敢然と前を向ける人間の強さ、諦めずに手を差し伸べることの美しさ、他人同士を結び付ける強い絆…生きることの厳しさと尊さを描き出すことに成功した。活字離れの時代にあって、連載中は「夕刊の配達が待ち遠しい」という読者の声が相次ぎ、新聞が持つ力を再発見させる報道になった。

授賞理由

 新聞報道には読み物的な記事が必要だが、それに応えるものといえる。教会で地域住民たちと付き合っている年配の女性牧師の、過剰なほどにエネルギッシュな人となりがあいまって、高齢者と福祉の街に変貌した西成・釜ヶ崎のいまが伝わってくる。「いかにも関西ジャーナリズム!」という企画で高く評価したい。
 後半の「激動編」ではアルコール依存症や更生の難しさを伝えている。触れ合い・別れ・再会…ジグザグ模様で進行する人との関係性をフォローし、通り一遍の取材ではない厚みを感じさせる。いわば、地べたを歩く中でみつけたネタが詰まっている。「夕刊の配達が待ち遠しいという読者の声が相次いだ」との推薦理由がうなずける、秀逸な連載企画である。

放送の部

【坂田記念ジャーナリズム賞(2件)】
★朝日放送テレビ「笑顔の村」取材班
 代表=朝日放送テレビ映像・編集部次長・西一樹(にし・かずき)
 「笑顔の村」

推薦理由

 和歌山県那智勝浦町の山村。人口300人余で村の9割が森林。陸の孤島だが山肌には棚田が広がる。取材班が、郊外からの回帰・地方移住の形をさぐろうと取材を始めた集落は、多くの住民が電気・ガスをほぼ使用せず、薪で火をおこし、川の水を引いて暮らしている。そして、取材を開始してまもなく、村の人口の半数が移住者になった。この地域で一体何があるのか?
 40年前。「この地で有機農業・自給自足をしたい」と十数人の若者が訪れたのが発端になったという。地元は、一部の反対を押し切り受け入れを決めたが、住民と移住者の喧嘩、移住者の転出などの危機を乗り越え現在にいたった。双方に芽生えた「地域を維持したい」という強い思いから生まれた、互いに心を通わせる仕組みが背景にある。特典とか補助金ではない、住民同士の絆…今、移住者が絶えない地域の姿は、人にとって大切なものは何なのか、さらには持続可能な人と自然のかかわり方へのヒントをも提示している。

授賞理由

 地方創生が叫ばれつつも過疎化、超高齢化により地方村落の衰退に歯止めがかからない中で、地方移住の成功例を魅力的に切り取った作品は高く評価できるとともに、集落や自然の美しさを記録した映像ジャーナリズムの秀作でもある。これまで、限界集落等の問題は折々取り上げられているが、若い世代の移住で活性化しつつあるという逆転視座で、山村の様子が描写されている点も良い。
 杉林と棚田の風景に古臭いBGMで始まり、ある種ありがちな山村物語かと思ったが、予想に反して展開されるその後の物語に引き込まれた。都会からの移住した一家4人が、四季折々のなかで自給自足の暮らしを営み、地区の新旧住民の交流が深まる。絆と工夫が「限界」をも超えてゆく中でみられる、一家の子供たちの明るい表情が、見ていて元気が出る。中間山地に共通する過疎や廃村という社会問題を取り上げ、都市での働き方や子育てのオルタニティブを提起しながら、将来に一筋の光を感じさせる良質な作品だ。

★関西テレビ ザ・ドキュメント取材班
 代表=関西テレビ放送報道センターディレクター・上田大輔(うえだ・だいすけ)
 ザ・ドキュメント「裁かれる正義 検証・揺さぶられっ子症候群」

推薦理由

 生後2か月の孫を激しく揺さぶり死亡させたとして、2017年10月、大阪地裁は67歳の祖母に懲役5年6カ月の実刑判決を言い渡した。可愛がっていた孫をわずか1時間半預かっていた小柄な祖母が、なぜ「激しく孫を揺さぶり虐待した」と疑われ、起訴されて有罪判決を受けてしまったのか。取材班は、検察側、弁護側の双方の主張だけでなく、海外の医学論議も踏まえて「揺さぶられっ子症候群(SBS)」の診断根拠を検証した。その結果、暴力的な揺さぶりとされる「1秒間3往復」の工学実験の様子や、これまで見逃されていた「病死の可能性」という事実に弁護団がたどり着いた瞬間をカメラに収め、有罪率99%の刑事裁判では異例の「逆転無罪」になった真相を分かりやすく伝えた。
 児童虐待が社会問題になる中、医師たちの素朴な正義感が、皮肉にも冤罪を作り出している現実を描き出すとともに、捜査機関の情報に依存した逮捕報道を行うメディアにも厳しい目を向けた。児童虐待に詳しい医師の鑑定意見を詳らかにし、児童虐待捜査が「虐待ありき」で進められている現状に警鐘を鳴らした。

授賞理由

 冤罪をあつかったドキュメンタリーはいくつもあったが、これは訴求性の高い番組になっている。有罪の論拠になった「症候群」について、工学的実験や外国人専門医の証言を紹介しつつ、診断ミスでありうることが説得性をもって伝わってくる。虐待の事実を傍証するものはない。冤罪報道というよりは、科学的謎解きのように、検察側、弁護側、さらには医学界の取材も丁寧に行っていて、極めて分かりやすい内容でもある。
 児童虐待非難の風が強い中、異なる視点から粘り強く取材を継続したことも、民放ジャーナリズムとして高く評価できる。単純な白か黒かではなく、「法理の鉄則である、よくわからないという真実を見詰めなければならない」という、被告弁護人の声が印象深い秀作である。

【坂田記念ジャーナリズム賞特別賞(1件)】
★サンテレビジョン「人間としての一歩」取材班
 代表=サンテレビジョン報道部長・日野彰(ひの・あきら)
 特別番組「人間としての一歩~ハンセン病と生きて~」

推薦理由

 瀬戸内海に浮かぶ岡山県瀬戸市の長島には1930年に開設された国立ハンセン病療養所長島愛生園がある。ハンセン病と診断された患者は家族やふるさとから引き離され、強制的に島に移住させられた。島と本土を隔てる距離はわずか18m。そんな島で、子どもを持つこと、仕事を選ぶこと…人間として堂々と生きる権利を奪われてきた。患者の一人、兵庫県明石市出身の石田雅男さんは、島に隔離されている間に両親やふるさとの友人はいなくなり、隔離政策や差別で受けた悔しい思いが残っている。
 取材班は今の石田さんの一年間を密着取材した。療養所で出会った妻との日々の暮らしや、長島愛生園の自治会の役員として奔走する姿、忍び寄る老いとの戦い。ハンセン病と生きる石田さんの日々を通して見えてきたのは、「理不尽に奪われ失っただけの人生」ではない、生きてゆくことの大切さだった。

授賞理由

 多くの日本人がかつて、親たちが結婚の話をする折に「ライ(ハンセン病)は遺伝するから…」と語るのを耳にしている。ハンセン病患者の家族を今日的な意味合いにおける「無知」により、差別してきたといえる。ハンセン病に関する科学的な解明がなされておらず、また、特効薬などがなかった時代だからという言い訳は、今では通用しないかもしれない。
 この作品は、ハンセン病患者の苦しみやハンセン病にかかわった人々の反省が、現在の到達点からもよく描かれ、社会史としてだけではなく、啓蒙的にも優れた作品となっている。独立の地方局が、足元の事案を拾い上げ長期取材を続けた努力を高く評価したい。

第2部門(国際交流・国際貢献報道)

新聞の部

【坂田記念ジャーナリズム賞特別賞(1件)】
★朝日新聞大阪社会部・国際報道部・映像報道部取材班
 代表=朝日新聞大阪社会部次長・小河雅臣(おがわ・まさおみ)
 被爆75年と冷戦終結30年の節目でのゴルバチョフ元ソ連大統領への単独インタビュー

推薦理由

 被爆75年と冷戦終結30年に合わせて、核軍縮を成し遂げて冷戦終結に導いたゴルバチョフ元ソ連大統領への単独インタビューを実現した。米ソ超大国の核軍拡で危機が高まった20世紀の「第一級の生き証人」から、核兵器のタガが外れていく世界の核状況と、協調や国際協力よりも自国第一主義や分断に覆われる世界の政治情勢についての警鐘を引き出すことができた。
 戦後75年を目前にして、核や平和への問題を広く考えてもらう機会を提供することを意識したもので、デジタル版ではインタビュー動画を配信。また、英訳版(デジタル)を含めタス通信社やロシアの複数のメディア、さらには欧米や中国、ベトナムの媒体にも引用された。2019年夏には、冷戦期に核兵器を減少へと転じさせた中距離核戦力(INF)全廃条約が失効している。故レーガン米大統領とともに同全廃条約をつくりあげたゴルバチョフ氏に8年越しの交渉の結果、直接話を聞くことができた。

授賞理由

 自国中心主義を打ち出し、核軍縮に逆行するトランプ米大統領と、それに追随する日本政府に対し、冷戦終結時の役割に焦点を当てたゴルバチョフ氏へのインタビューは迫力がある。また、当時の東西の指導者が、それなりの「理想」や「矜持」をもっていたことが確認できたのも興味深い。今の若者たちにとっては冷戦終結も歴史の中の出来事であり、核拡散防止への取り組みへの関心も年々薄れている。だからこそ、歴史の当事者である高齢のゴルバチョフ氏から警鐘を引き出したことは意義がある。
 「戦争と平和」の問題は、私たちにとって最重要課題であり、ある意味で恒久平和への道を拓いた先導者としてのゴルバチョフ氏の役割は大きい。それゆえに老政治家の遺言ともいえるインタビューは人々の共感を誘うものがある。欲を言えば、現在のロシアのプーチン体制への評も聞きたかったが、8年がかりで実現した単独会見であることも含め、手間暇をかけた良質な報道として評価できる。

放送の部

【坂田記念ジャーナリズム賞特別賞(2件)】
★毎日放送報道局ディレクター・和田浩(わだ・ひろし)
 映像’19 使い捨て異邦人~苦悩する外国人労働者たち~

推薦理由

 岐阜県に外国人労働者の「駆け込み寺」がある。中国から日本に留学した後、紳士服メーカーに勤めていた甄凱(けんかい)さんが、2015年に立ち上げた。甄凱さんは勤め先で通訳として外国人技能実習生の世話をしていたが、低賃金、労災、暴力や強制帰国など、過酷な状況で虐げられる外国人労働者を助けるためだった。現在、16人が身を寄せており、甄凱さんも妻子とここで暮らしている。
 日本で働く外国人数は128万人を超え、50人に1人。少子化で慢性的な労働力不足は続き、政府はさらに外国人労働者を増やそうと出入国管理法改正法を改正した。背景には深刻な労働力不足をかかえる経済界からの強い要望があったとされる。今まで外国人実習生を低賃金で便利な人材として働かせてきたが、様々な問題を解決することなく、受け入れ枠の拡大へと舵を切ったのだ。駆け込み寺の実態は、拙速すぎる受け入れ枠拡大に警鐘を鳴らしている。

授賞理由

 外国人労働者問題の闇に密着取材した力作であり、出入国管理法改正法の改正というタイミングからも時事的かつ啓発的でもある社会貢献番組といえる。同じテーマの作品がもっぱら「闇」の解明に力点を置いているとすれば、この作品は「駆け込み寺」にカメラを定めることで、特定の国の労働者だけではなく、様々な国籍の外国人技能実習生の多様性を描いている。
 外国人技能実習生(研修生)の不当な扱いにつて、日本社会の根深い差別意識があることはこれまでも繰り返し訴えられてきた。それを駆け込み寺という別の角度から問題に焦点を当てたことは評価したい。彼らの日常生活、具体的な生々しいトラブルを丁寧に取材しており、それらを通して外国人労働者受け入れ枠拡大に伴う問題を、「彼ら」の問題ではなく、「私たち」の問題として考える材料を提供している。メディアがこうした作品を通して「内なる国際化」の実態に警鐘を鳴らし続けることを期待したい。

★テレビ大阪アジアスペシャル取材班
 代表=テレビ大阪報道部記者・近藤利樹(こんどう・としき)
 アジアスペシャル 荒野に路は拓いた

推薦理由

 戦後の混乱から共産党による中華人民共和国が建国されたころ、戦乱で破壊された鉄道の修復と新設のために、半ば強制的に中国内陸部に連れていかれた日本人の集団がいた。旧満州鉄道で働いていた高い技術力を有する日本人だった。しかし、当時の日中間に国交はなく、中国側にとってはかつての敵国の力を借りること、日本側にとってはかつての敵国のために働くことは、それぞれに「不都合な事実」だったのか、そうした日本人労働者についての記録はほとんど残されていない。
 しかし、現地取材を進めると、建設に従事した中国人工員が「師匠」と呼んだ日本人技術者の名を今も覚えているなど、市井の人々の間に記憶の断片が残されていることが分かった。70年余が過ぎた今、当時の若い工員は90歳近くになり、事実を知る当事者が世を去ろうしている。残された時間に危機感を抱きながら取材班が制作した番組は、新たな時代の日中両国の共存と相互理解に資するドキュメンタリーといえる。

授賞理由

 終戦後の「留用」で、旧満州鉄道の技術者と家族約900人が天水にわたり、そこで鉄道建設の仕事に従事。子どもたちは現地の子とともに学び、寮で暮らしていた。残された記録がほとんどない中で、高齢化した関係者らへの取材が行われ、ドキュメンタリーが制作され、記録として残されていくことは意義深い。留用され、奥地の天水地区で鉄道建設に従事していたという史実を知る人も少ないだろう。
 本作では、国境を越えた「民際」交流のあるべき姿を具体的に記録し、描くことに成功している。庶民にとって国境は物理的にも心理的にも越えることが難しいものだが、本作は人間が信頼しあい、より幸せに暮らすにはどうすればよいのかが具体例として描かれている。その後日本に帰国した人らが天水を訪れ、かつての同級生と抱擁を交わすシーンなどは印象深い。「留用」という切り口も、坂田賞の第2部門にふさわしい内容だ。帰国した技術者らは「アカ」という理由で再就職難に苦しんだというが、同時期に帰国したシベリア抑留者の苦難も想起し、知られざる秘史を発掘した秀作だ。

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