第29回坂田記念ジャーナリズム賞(2021年)

(敬称略)

第29回坂田賞授賞理由

第1部門(スクープ・企画報道)

新聞の部

【坂田記念ジャーナリズム賞(2件)】
★京都新聞社「700万人時代 認知症とともに生きる」取材班
 代表=京都新聞社文化部編委員・稲庭篤
 企画「700万人時代 認知症とともに生きる」

推薦理由

 超高齢化社会が到来し、2025年には認知症の人が700万人を超えると予想される。65歳以上の5人に1人が認知症。もはや病気ではなく、誰もが将来抱える症状だ。2020年に始まった連載は、認知症の具体的な症状や進行、どのような支援が必要になるのか、といった社会で共有すべきなのにできていない、基礎的な知識や情報を、認知症の人や家族へのインタビューをもとに、できるだけ具体的にわかりやすく、報道してきた。文化部と写真部の記者が一緒に取り組み、写真で認知症の人の世界を伝えたり、介護の様子に密着した写真グラフを掲載したりするなど、視覚化の試みも重ねた。
 第1部のタイトルは「病ではない」、第2部は「わかちあう」。「認知症になったら終わり」ではなく、誰もが安心して暮らせる環境をどのように築いていけばいいのか、一人ひとりが自分のこととして考えよう、とのメッセージを読者に送り続けている。
 コロナ禍で、予定したペースでの連載は不可能となったが、取材を継続し、認知症の人たちと家族の声を代弁でき、弱者ほど厳しい環境に置かれていることを紙面で訴えた。連載と同じワッペンを使ったリポートや写真グラフを随時掲載する形で、より広く、継続的に、困難を抱えながらも前向きに生きる姿を伝え、反響を呼んでいる。

授賞理由

 認知症を特別な病気ではなく、ひとつの人間特性として接することを可能にする好企画。プライバシー問題もあり、家族の本音に迫った取材は難しいものだが、深い取材を可能にした記者の学習力と、取材対象との信頼関係の構築に敬意を払いたい。
 取り上げられているトピックは介護制度、司法制度、国と地方の政策に関する新たな動向、医療・介護・生活支援に関わる専門家・研究者らの問題提起、コロナ禍が及ぼしている影響など多岐にわたっている。写真や図説に工夫が凝らされている点も特筆に値する。
 当事者たちの明るい笑顔やカラフルな写真がテーマの重さをやわらげていて、読者を記事に誘う作り手の思いが込められているように感じた。

★読売新聞大阪本社「虚実のはざま」取材班
 代表=読売新聞大阪本社社会部次長・中沢直紀
 連載企画「虚実のはざま」

推薦理由

 何が事実で何が嘘なのか。ネット空間に吐き出される膨大な情報が、虚と実の境界を溶かし、社会に混乱や不信を招いている。取材班は1年以上にわたり、コロナ禍であらわになった現象をつぶさに記録してきた。
 海を越え、日本でも拡散した米大統領選を巡る怪情報、AIを使った精巧なフェイクが氾濫する危険、ワクチンを巡る「陰謀論」が社会や家族に亀裂を生んでいる実態……。私たちの足元で起きている様々な事象を追う、その過程で心掛けたのは、発信者の意図や、情報に惑わされる人々の事情、SNSの特性まで掘り下げ、「インフォデミック」と呼ばれる現状を多角的に伝えることだった。
 ネットの問題は匿名性が高く、当事者への取材は極めて困難だったが、取材班は直接話を聞く手法にこだわった。デマを発信する匿名サイトに対しては、その管理者を突き止め、広告収入が目的だと認めさせた。陰謀論に翻弄される多くの人から話を聞き、その心理に迫った。
 記事は予想を上回る大きな反響を呼んだ。「陰謀論にはまっていた家族が記事を読んで、自分も惑わされていたと気づいたようだ」といった声の一方で、陰謀論を信じる人々から抗議や批判も多く寄せられた。そうした声に取材班は耳を傾けるとともに、様々な専門家の知見や取り組みを紹介し、問題の「解」を探った。
 私たちはネット空間とどう向き合うべきなのか。一連の報道が、読者に考えるきっかけを提供できたと考えている。

授賞理由

 IT化した社会の闇の側面を炙り出す秀逸な企画である。「軽率な行動」に人々が駆られる背景にある社会変化、たとえばコロナ禍が加速化させた孤立と個人化、漠とした不安感の広がりがあることを、幾多の事例から浮き彫りにしている点が特に面白い。
 専門外の読者にとっては、フィルターバブル、インフォデミック、確証バイアス、バックファイア効果等々、生じている事象を解説する「専門用語」の学びにも富んでいる。
 ネットビジネスへの一定の規制や監視システムをどう改善するのか、リテラシー教育をどのように導入・深化させていくのか。社会としての取り組みが問われていることをこの企画は鋭く指摘し、関心の喚起を試みている。
 特に専門家への取材が丹念であり、啓発的連載企画として好感が持てる。

放送の部

【坂田記念ジャーナリズム賞(2件)】
★関西テレビ「となりのミライジン」取材班
 代表=関西テレビ放送報道センター専門部長・宮田輝美
 ザ・ドキュメント となりのミライジン

推薦理由

 売り手市場と言われていた2018年、取材者が雇用推進担当の行政職員の知人から「難関大学の学生が就職できず困っている」という話を聞いたことが端緒だった。キーワードは「発達障害」。そんな時「ミライジンラボ」設立前の小林宏樹さんに出会った。天才的な能力があるのに働けない友達の傍らで「優秀な人材が働けないのはもったいない」という思いを募らせていた小林さんに共感して番組制作が始まった。
 小林さんが立ち上げたITベンチャー「ミライジンラボ」の開発者たちは皆、クセが強い。ノルマなどはなく、各々が持つ知識、技術を駆使して開発を行う。しかし彼ら「ミライジン」は引きこもり、うつ、発達障害など複雑な問題を抱え、「今の社会」で能力を発揮することは難しい。小林さんは彼らが「ミライの社会」では尖った戦力になると信じ、活躍できる場所と仕組みを作ろうとしている。
 国に提案した障害者雇用促進のプロジェクトも採用され、スタートは順風満帆だった。しかし、現実は厳しい。描いていた理想と突き付けられた現実の狭間で思い悩む。それでも小林さんは諦めず、自分に出来ることを探し続ける…。
 高学歴でも働けない「引きこもり」「発達障害者」が増え続ける現状は、社会にとっても大きな損失であり、同時にそうしたありようを変えていく事も私たちに突き付けられた課題だ。彼らが活躍するために「今の社会」で何が必要なのか。「ミライジンラボ」が訴えている。

授賞理由

 発達障害や精神障害が要因となり、就職や就労の継続が難しい人が相当数存在しているとの認識が広がり、厚生労働省や内閣府でも2000年代前半から様々な公的支援政策を導入してきた。しかしながら、この20年ほどで事態が改善しているとは言い難く、ひきこもりや孤立者の増加など、問題はむしろ深刻化している。
 本作品の新しさは、背景にあるこうした社会状況に対して、ミライジンラボというベンチャー企業の事例に焦点化し掘り下げることで、新しい働き方の必要性や可能性を提起している点にある。評者の個人的見解として、近年の就労(支援)をテーマとしたドキュメンタリー作品のなかで、もっとも印象に残る作品である。
 登場人物の「自分の10倍の能力を持つ人間が活躍できない社会に未来はない」、「自分のなかにブラック上司がいる」といった語りは、企業社会日本の現状に対する鋭い批判を映している。また、当事者の食事や住居の様子がたびたび描かれることで、彼らの日常生活や個性が伝えられているのも良い。このような語りや映像が効果的に配置された構成に、制作者の問題意識とセンスが感じられた。

★NHKスペシャル取材班
 代表=NHK大阪拠点放送局チーフプロデューサー・小笠原卓哉
 NHKスペシャル 銃後の女性たち~戦争にのめり込んだ”普通の人々”~

推薦理由

 かっぽう着にたすき掛け。戦時中のドラマでたびたび登場する「国防婦人会」の女性たち。新たに発見された資料や取材から、戦争を支えた女性たちの意外な「思い」が明らかになった。国防婦人会への参加は、「社会参加」への機会だったのだ。軍が、家に縛られ、参政権を持たない女性たちの社会参加意欲や沖縄やアイヌの作られた「後進性」など社会の弱い層につけ込み、巧みに利用した背景を浮かび上がらせた。
 それは、SNSなどによる発信力を身につけた個人が、権力側の考えを内面化し、意にそぐわない考え方や行動をとる人を執拗に攻撃し、同調圧力を強める現代の大衆を想起させた。
 大切な息子たち、若者の命を戦場へと送り込む装置と化した母たちの変節を教訓に、社会の動きに目を凝らす娘たちの姿を通して、国防婦人会を現代の問題と捉えなおした、これまでにない番組となった。

授賞理由

 国防婦人会に焦点を当て、当初は自発的な運動だった活動がいかに国策に絡めとられ、戦争に市民を動員する手段として発展していったのか、その歴史を時系列で描き出している。
 この縦糸となるテーマに、女性・マイノリティ・地域社会といった横糸となる複数の視点がたくみに織り交ぜられていることが、作品の魅力を高めている。日本の軍国化における婦人会の位置づけや機能というマクロレベル、各地域での婦人会の形成史というメゾレベル、活動に身を投じていった女性たちの心情というミクロレベルのトピックがうまく構成され、統合されている。地域に残る歴史的資料や当事者が残した記録と家族の証言に基づき、丁寧に事実を掘り起こしていることが評価できる。
 普通の人々が戦争の加担者となっていく過程を多様な視角から解き明かすことで、現代への教訓を導き出す良作である。

【坂田記念ジャーナリズム賞特別賞(1件)】
★三重テレビ放送ハンセン病問題取材班
 代表=三重テレビ放送報道制作局長・小川秀幸
 ハンセン病問題の節目に際し、改めて偏見・差別の解消を訴える報道活動

推薦理由

 三重テレビは2001年からハンセン病問題の取材を進めてきました。元三重県庁担当官と回復者の絆、療養所入所者の帰郷、戦争と病気、県主催のフィールドワーク、ハンセン病と家族…。昨年は、それらを番組やDVDなど多角的に伝えた年でした。
・番組 2021年は、らい予防法廃止から25年、国家賠償請求訴訟判決から20年の節目。改めて三重出身のハンセン病回復者のドキュメンタリー「遺すことば」を制作しました。収容の状況や差別に苦しんだ経験、偏見なき社会への思いなど、県出身の証言を中心に構成しました。「嘘をつくことが必要だった」「死んだら療養所の納骨堂へ」といった言葉はこの病気への差別が昔も今も根強く存在することを物語っています。
    取材した多くの方が既に他界。彼らの声を次世代に引き継いでいくという観点から、県の協力を得てDVDにして県内の小中学校・高校に配布しました。
・書籍 これまでの取材をまとめた「虹のむこうには」を自費出版。新型コロナ感染者への偏見問題を含め、平易な文章で、かつ写真を多用しまとめたものです。
・オンラインセミナー ハンセン病問題を“家族”の切り口から知ってもらおうと、市民団体や三重県とともに12月にオンラインセミナーを開催。原告らを招いたフォーラムには(事後視聴を含めて)500人が参加しました。
 入所者の減少が進み、新型コロナ感染者への差別も目立つ中、これからも様々な媒体を活用し伝えてゆきたいと考えています。

授賞理由

 三重テレビは2001年からハンセン病問題の取材に注力し、様々な角度から伝えてきた。「遺す言葉」は、ハンセン病回復者自身の語りを中心に構成されている。人権を奪われた彼ら・彼女らの人生の歩みは苦悩に満ちたものである。「長島国」という表現が示唆するように、療養所という閉ざされた社会に押し込められ、まるで受刑者のように割り当てられた作業を担当させられた。監房への幽閉や優生保護法に基づく不妊手術の問題も含め、隔離政策のなかで隠されてきた深刻な人権蹂躙の実態が明かされている。趣味を楽しむ日常の様子、祭りの日のにぎわい、亡くなった盟友を敬意をもって静かに見送る姿など、語り以外の映像も多彩で強い印象が胸に刻まれる。
 特に作品の締めくくり部分では、この問題を現代に継承する意義が強く意識されていて、ハンセン病療養所の世界遺産登録を目指す動きも始まっていることが報じられている。コロナ禍での感染者への差別や攻撃も根は同じであり、無知と無関心が偏見や差別を容認する土壌となる。本作品は、番組が取材した多くの方がすでに他界されるなか、「遺された言葉」に耳を傾け、引き継ぐことで、人権侵害という同じ過ちを繰り返さないことへの決意が伝わってくる。多様な媒体も活用し、長年にわたってこの問題を報じ続けてきた同局の姿勢は優れたジャーナリズム活動として表彰に値する。

第2部門(国際交流・国際貢献報道)

新聞の部

【坂田記念ジャーナリズム賞特別賞(1件)】
★朝日新聞大阪本社社会部・宮崎亮、コンテンツ編成本部
 代表=朝日新聞大阪本社社会部記者・宮崎亮
 サッカー・ミャンマー代表選手の保護要請から難民認定までを巡る一連の報道

推薦理由

 2021年2月、ミャンマーで軍事クーデターが起きた。渦中の6月、サッカーW杯アジア予選で来日したミャンマー代表チームのピエリアンアウン選手が国軍に抗議する意思を表明。その後、大阪で劇的な「亡命」を成功させる一部始終を独自に報じた。
 同選手が5月に千葉の試合会場で「3本指」を掲げた直後、在日ミャンマー人たちが、次の試合地・大阪で同選手を保護すべく動き始めたことを大阪社会部が察知。秘密裏に計画を進める支援者らに密着した。同選手が6月17日未明、関西空港で入管に保護されたのを確認して翌日付朝刊で第一報を放ち、数々の続報につなげた。
 同選手はその後、音声媒体「朝日新聞ポッドキャスト」に出演。自らの生い立ちや抵抗を決心した経緯、思いなどを4回にわたって肉声で語った。音声のダウンロード数は計5万5千件。そこで語った内容は朝日新聞デジタルの連載ともなった。
 こうした報道を機に同選手支援の動きは全国に拡大。Jリーグ3部「YSCC横浜」の傘下フットサルチームへの入団につながったほか、法務省も異例の速さで同選手の難民申請を認めた。
 一連の報道は、記者も容易に入れないミャンマー国内の現状と、抵抗をあきらめない人々の存在を鮮烈に伝えた。同時に「難民に冷たい」とされてきた日本も、難民保護の問題に局外者ではいられないこと、また無関心ではいられないことを、紙面とデジタルを組み合わせた立体的報道で浮き彫りにした。

授賞理由

 ミャンマー代表のサッカー選手が「3本指」で国軍への抗議の意思を示した姿は、大きな話題を呼んだ。本報道は、彼の亡命劇を独自取材で克明に報道するとともに、その後の難民申請・認定の動きを継続して伝えることで、彼を支援する国内の動向を促すことに繋がったと考えられる。また、本人が肉声で語る音声媒体(ポッドキャスト)と組み合わせた「立体的報道」は、日頃ミャンマー情勢や難民認定問題に無関心な層への波及効果を生み出したであろう。久々、心弾む報道だった。
 難民認定は目に見えにくいが重大な国際問題である。今回はサッカー選手というアイキャッチの高いケースであったが、こうした出来事を契機として、今後も長期的に多角的に掘り下げてほしいテーマである。

放送の部

【坂田記念ジャーナリズム賞(1件)】
★毎日放送「映像’21いつか帰れる日まで」取材班
 代表=毎日放送ディレクター・和田浩
 映像’21いつか帰れる日まで~異国で願うミャンマーの民主化~

推薦理由

 2021年2月、ミャンマーで国軍のクーデターが起こり、多数の市民らが犠牲になっている。この事態を歯がゆい思いで見つめる在日ミャンマー人のアウン・ミャッ・ウィンさん45歳。いまは大阪でミャンマー料理店などを営みながら新型コロナの影響で困難に直面しているミャンマー人の学生や技能実習生の相談に乗っている。
 ミャンマーで民主化運動に参加した親族が逮捕されたある女性は、ミャンマーに帰ったら自らも拘束されるのではないかと案ずる。ウィンさん自身、ミャンマーで14歳から民主化運動に参加、1989年にアウンサン・スーチー氏が自宅軟禁されると、ブローカーを介して祖国を脱出し、2004年、日本で難民認定された。
 そんなある日、ウィンさんに来日中のミャンマーのサッカー選手から「助けてほしい」と連絡が入る。アウン選手は、W杯予選の試合で軍への抵抗を示したため、帰国すると危険にさらされるといい、亡命を希望する。早速、ウィンさんは保護に向かうが…。MBSが独自に撮影した緊迫の亡命劇が始まった。

授賞理由

 大阪でアジア料理店を営む在日ミャンマー人のウィンさんの支援活動を通して、ミャンマーの民主化問題にアプローチした。2021年2月の国軍クーデターを含め、現在に至るまでのミャンマー情勢を主題としつつも、中盤にかけて、人権侵害の批判を受け続けている日本の出入国管理制度の問題を浮き彫りにしている点が特徴的である。
 また、本作が取り上げたミャンマー人留学生の物語には、コロナ禍が特に外国人と女性を困窮化させている実情が反映されており、時宜を得た内容である。そして、後半のサッカー選手の亡命に関わるシーンからは、張り詰めた緊迫感が伝わってくる。国家の庇護を得られず、母国を離れる決断をせざるをえなかった人々を、私たちがどう受け入れ、支援できるのかを問う作品。日本の国際化のために必要な、優れて良質なドキュメンタリーである。

坂田賞一覧