第9回坂田記念ジャーナリズム賞(2001年)

(敬称略)

第2部門(国際交流・国際貢献報道)

新聞の部

該当作なし

海外研修補助

・奈良新聞社「県警問題」取材班
(代表=矢ヶ井敏美・論説委員兼編集局長代理)
キャンペーン報道「県警問題」

 奈良新聞は2001年1月22日付で、大手運送会社、奈良佐川急便と県警幹部の癒着をスクープした。それが、県警をはじめ県内外を揺るがす報道の端緒となり、粘り強い取材による続報やコラムなどで捜査の進展を促した。
 県議会で問題化し3月には全国紙も一斉に報道。にもかかわらず県警の捜査は終始、身内への甘い対応が浮き彫りになり、形式的なものになった。地検が再捜査したが、結局 警察側は逮捕者を一人も出さず幕引きとなり、歴代本部長らが訓戒処分を受けたにとどまった。
 一連の報道を通じて、県警OBと現職警官の癒着の構造、キャリアと生え抜きの意識の差など、今日の警察の抱える問題が浮き彫りになった。
 選考委員会では「地域権力機構である警察の不正に粘り強く挑戦した、ジャーナリストとしての勇気と持続力は注目に値する」と評価された。

・関西テレビ放送報道スポーツ局番組制作部・迫川緑
番組「週末家族―ずっとそばにいて」

 親と離れて暮らさなければならない子どもは全国で3万人にのぼる。離婚、蒸発、虐待など、親の都合による理由がほとんどだ。そんな子どもを預かるのが児童養護施設。施設でのいろいろな試行錯誤で生まれたのが週末里親制度だ。親類などと面会もできない子どもたちに、せめて週末だけでも家庭のぬくもりを味わってもらおうというものだ。
 この番組は、そうした子どもたちと週末里親、そして実子とのかかわりを、大阪のふたつの施設を舞台に描き、親と子のありようを訴えた。
 選考委員会では「子どもたちの表情を画面で鮮明に表現した。どんな境遇でも子どもは平等に育てられるべきだというキャンペーンになる」と評価された。

昨年の研修

・京都放送報道局報道部部長・近藤晴夫
「アロハ!の出迎えはなかった」

 昨年(2000年)放送した司法特番「あなたが裁く」が坂田賞海外研修対象賞を受賞したのを機に、これから進むであろう日本の司法改革のお手本となるアメリカの司法制度を知るため、2001年11月18日から22日まで、京都弁護士会の山崎浩一弁護士に同行を願い、 常夏の国ハワイへ取材に出かけました。
 本来は、9月にアメリカのウイスコンシン州に行くことになっていたのですが、テロの影響でやむなく中止。改めて仕切り直しして今回、実現となったわけです。
 ハワイは日本人がもっとも多く訪れるところで、人気もあるのですが、こちらもテロの影響で、観光客はガ夕減り。一時は、昨年(9月)比で20%を切る最悪の状態でした。私たちが訪れた頃は半分にまで回復はしてきたそうですが、日本人は少なく、ワイキキの浜辺もまばら。「ハワイは安全!」と州をあげてアピールに努めていますが、回復にはまだ時間がかかりそうです。この余波で失業率も5.2%と深刻な状況で、観光に頼っているハワイは最大の危機に立っているのが現状です。
 (この模様は帰国翌日の23日の「ニュースきっちん」で放送)
 さて今回のハワイ取材のポイントは、日本でも裁判員制度が数年のうちに実施されることを踏まえて、陪審裁判の実情、特に陪審員制度はどのようにされるのか、二つ目は市民に対する法的サービスの提供がどのようにされているのかカメラにおさめ、12月2日の司法特番第4弾で放映することが目的です。
 ハワイの法曹資格者は約6000人、そのうち4000人が活動しています。内訳は約3000人が弁護士、裁判官は80人、検察官150人、公設弁護人100人、ほか政府関係者となっています。この中で驚いたのは裁判官の約半数が女性判事であることです。
 今回、取材に応じて頂いた裁判官もサブリナ・マッケナ判事で女性でした。自宅で取材ができたのですが、実にきさくな方で、日本語はぺらぺら。2児の母親で、子煩悩。親子でスポーツを愛し、子どもにテレビゲームをさせるのは週に1回だけ。しかし、日本のアニメビデオならいつ見てもよい。なぜなら 「日本語の勉強になるから」と少し教育ママ? ぶり。どこでも見られる家庭のひとこまを垣間見ることができました。
 ハワイの裁判官は日本のキャリアシステム(社会経験なくそのまま載判官になる)と違って、裁判官以外の法律家としての実務に従事したものから任命されるのが特徴です。いわゆる法曹一元化のシステムです。マッケナ判事もロースクール卒業後、法律事務所に5年間勤務、その後日本の企業の専属弁護士に。そしてハワイ大学の助教授を務め、93年から判事となった方です。
 社会の実務経験を通して活躍。「判事のやりがいはジャスティス。裁判所はアメリカでは一番ジャスティスの場所であり、市民に公平な裁判であったという印象を持ってもらうことが大切」と熱く語ってくれました。
 判事の協力で、巡回裁判所(日本の地方裁判所にあたる)の法廷を撮影することができました。裁判は小切手の偽造をめぐる刑事訴訟でちょうど陪審員の選定が行われていました。 裁判官が陪審員候補にあいさつし、事案の内容を紹介。都合の悪い人は名乗り出るように呼びかけます。何人かは都合の悪い人がいて理由を述べますが、裁判官はすんなりとは聞き入れません。「今回の拘束は短いが、次回はもっと長く拘束されますよ」と笑顔でハートにクギを刺します。このやりとりはなかなかお目にかかれるものではありません。こうして時間をかけて陪審員の選定を行うのです。
 次に訪れたのは、公設弁護人です。日本に該当する人はいませんが、やがて必要となるでしょう。彼らは弁護士事務所に属さず、貧しい人の弁護人として働いています。州からの補助金でまかなわれていて決して裕福ではありません。なぜそこまでするのかの問いかけに、 彼らは「金だけでなく、人のため、弱者のためにやること。奉仕の精神が生きがいなのです」 という答えが返ってきまし た。人情の厚いハワイ。まだまだ捨てたものじゃないというのが実感でした。
 さらに、こうした活動は、家庭内暴力やホームレスの手助けをするボランティアリーガルサービスや電話での相談に応じて適切なアドバイスをしているリーガルエードソサエティといった組織まで広がっており、法社会に根ざしたアメリカの懐の深さを知ることができました。
 ロースクールは実際に取材できなかったのですが、驚いたことがありました。それは課外授業で夜、裁判官と弁護士、それに学生が集まって講義をやっていたことです。日本でまず集まること自体考えられません。しかも裁判官が弁護士に裁判の進行や陪審員に与える印象などのアドバイスをしているのです。なぜ、こんなことができるのか。これはすぐに分かりました。先ほども記しましたが、裁判官は弁護士経験を積んだ人からなっていて、先輩としての適切な指導、後継者の育成に努めているのです。
 マスメディアではボブ・ジョーンズという方にお会いできました。彼は元新聞記者でテレビのニュース番組の解説、アンカーマンを務めるなど実績のある方で、今はハワイ大学の客員教授です。彼は12年前に法廷にテレビを入れることに尽力。当時の苦労話やメリット、デメリットについて話を伺うことができました。ただ、アメリカも日本と同じで、真面目な番組はあまり見ないそうですが、あのシンプソン事件の裁判によって、「一般市民は法律の知識が増え、司法が身近なものになった」ということで、これからの日本社会における司法とメディアが果たす役割について大いに参考になりました。
 ハワイ到着時、恒例の「アロハ」という出迎えの言葉はありませんでしたが、これからの日本に必要な言葉を見つけてきました。それは……市民のために生きる「ジャスティス」。 (ハワイ取材の模様は2001年12月2日「司法特番 21世紀の司法はこう変わる」 で放映しました)」

・産経新聞大阪本社社会部雪印とそごう取材班(代表=別府育郎・社会部次長)
「凶行は防げなかったか」米国からの報告
社会部・三笠博志

 米国に出張することになったのは、単純な疑問を解くためだった。平成13年6月に起きた池田小児童殺傷事件のような凶行を、ほかの国なら防げたのではないかということだ。 米中枢同時テロの余韻がやや小さくなった秋、サンフランシスコに飛んだ。
 あの事件の犯人、宅間守被告は過去に何度も事件を起こしながら、精神障害を理由に罪を問われない「触法精神障害者」として不起訴になり、「何をやっても許される」とうそぶくまでになった。事件直後の連載記事でそうした加害者に偏った法律や制度は、先進国では日本だけだと紹介したが、実際に海外の現状をルポする必要があった。
 取材先は、触法精神障害者を専門に処遇する司法精神病棟、検察、弁護士など多岐に及んだ。その内容は11月下旬に連載した。少なくとも米国なら、池田小事件の前の宅間被告のような、司法と医療のはざまに放置される存在はありえなかったことを伝えられたつもりだ。

第9回坂田賞授賞理由

第1部門(スクープ・企画報道)

新聞の部

【坂田記念ジャーナリズム賞(2件)】
★毎日新聞大阪本社社会部「子どもとクルマ社会」取材班
 代表=山田英之記者
 キャンペーン企画「子どもとクルマ社会」

推薦理由

 毎日新聞は片山隼君の死を機に交通事故の遺族・被害者が抱えるさまざまな問題で全国キャンペーンを実施、2000年度新聞協会賞を受賞した。今回の取材班は経済・利便性優先の社会で街づくりや交通規制がクルマ中心という根本的問題が残ったままで、幼い命が犠牲になっている通学路に象徴されているとの視点から、隼君キャンペーンの成果を踏まえつつ、さらに踏み込んで「虫の眼」で地域に根ざした具体的、実践的なキャンペーンを2000年10月から開始した。
 大阪地域面で「やさしい街に~子どもとクルマ社会」を6部49回連載したのをはじめ、記事は1面、社会面をあわせ100本を超えた。キャンペーンは歩車分離信号の導入、横断歩道・信号の変更など、地域で着実に実を結んでいる。
 また、紙面展開のかたわら、大阪府豊中市教職員組合と連携して講演会、シンポジウムを重ねている。同教組は全国初の教師による通学路調査を実施。子どもたちの命を守る運動を教室だけでなく通学路にまで広げた取り組みとして教研集会で報告、全国的な反響を呼んでいる。

授賞理由

 選考委員会では「道路行政、街づくり、交通規制がクルマ中心であることを深く考えさせ、未来を担う子どもの命を大切にする姿勢を貫いた報道」と評価された。

★産経新聞大阪本社「付属池田小事件」取材班
 代表=石橋文登記者
 連載企画「歪んだ軌跡」「凶行はなぜ防げなかったか」ほか

推薦理由

 2001年6月8日、大阪府池田市の大阪教育大学付属池田小学校に刃物を持った男が乱入、児童8人が殺害されるという、わが国犯罪史上例のない凶悪な事件が起きた。産経新聞は、事件がなぜ起きたのか、再発を防ぐにはどうしたらよいのかを考えながら取材、報道した。 まず容疑者の生い立ちから犯行にいたるまでを「歪んだ軌跡」と題して社会面で連載。父親との確執や小学校時代からの粗暴な行動、職業を転々と替え、4度の結婚・離婚ですさんでいく生活、過去の犯罪歴などから、事件の背景と犯行の動機に迫った。
 また、連載「凶行は防げなかったか」(6月9日~11回)で、容疑者が精神病院への入院・通院歴があり、2年前勤務していた兵庫県伊丹市の小学校で薬物 混入事件を起こした際、精神障害を理由に刑事責任を問われず、措置入院になっていたことから、わが国の精神医療と触法精神障害者の処遇の問題にメスを入れた。さらに、救急医療を検証する特集や学校の安全に関するアンケートなど、多角的に報道した。

授賞理由

 選考委員会では「報道で米国の制度を紹介するなど、医療、行政、司法の一体化組織による法制度の改革を示唆した」と評価された。

放送の部

【坂田記念ジャーナリズム賞(1件)】
★読売テレビ放送報道局ディレクター・吉川秀和
 NNNドキュメント’01「SPM~命を懸けた、21世紀の約束〜」

推薦理由

 12年に及んだ尼崎公害訴訟は公害病患者と国・道路公団の「歴史的和解」という形で幕を閉じた。しかし日本の道路行政が初めて大型車の交通規制= SPM(浮遊粒子状物質)対策に取り組むことを約束したものの、和解後の国の動きは鈍く、患者の苦しみは今も変わらない。この番組は「子や孫にきれいな空気を……」と闘い続けた尼崎公害訴訟のその後を検証し、新世紀の公害源となるSPMの具体的対策を模索することで、「和解」が患者にとっても国・道路公団にとっても区切りにすぎず、新たな闘いの始まりだったことを浮き彫りにした点で、表層的報道に陥りがちなジャーナリズムのあり方に一石を投じた。

授賞理由

 選考委員会では「患者側に身を置き、行政・公団の非人間性を浮き彫りにした姿勢は推奨に値する。優れた映像は高い取材力を感じさせた」と評価された。

第2部門(国際交流・国際貢献報道)

放送の部

【坂田記念ジャーナリズム賞(1件)】
★每日放送「巡礼・世界の聖地」取材班
 代表=里見繁・報道局番組制作センター局次長
 ドキュメンタリー番組「巡礼・世界の聖地」

推薦理由

 毎日放送は21世紀冒頭を飾る大型ドキュメンタリーとして2001年1月と5月「巡礼」をテーマにした前後編2作品(各90分)を制作し放送。第1作は「キリスト教」、第2作は「イスラム、ヒンドゥ、仏教」を取り上げたが、今回の推薦作はその総集編。取材は10か国200日におよび、スタッフは巡礼者たちに密着取材し、「巡礼するこころ」に迫った。
 番組は、何よりも過酷な巡礼に身を置き、ひたすら歩き祈る人々を追ったヒューマンドキュメントであるが、同時に、宗教や文明の深刻な対立が懸念される今、「巡礼」という視点で広く世界を鳥瞰することで、その相互理解に大きな役割を果たした。

授賞理由

 選考委員会では「宗教問題の根本にある『人はなぜ生きるのか』を巡礼を通して考え直そうとする大胆な試みを概説的によくまとめた」と評価された。

坂田賞一覧