第32回坂田記念ジャーナリズム賞(2024年)
(敬称略)
第1部門(スクープ・企画報道)
新聞の部(受付順)
第2部門(国際交流・国際貢献報道)
新聞の部
該当なし
第2回海外取材サポート事業
(敬称略)
★ 朝日新聞大阪本社社会部記者・浅倉拓也(100万円)
※訪問国、取材先、取材テーマは発表段階では非公開。
※サポート事業の概要は「お知らせ」(トップページ)の第32回坂田記念ジャーナリズム賞実施要領をご参照ください。
第1回海外取材サポート事業について
2024年3月の発表では社名と担当者名のみでした。ここで取材テーマ、狙い、訪問先、紙面・放送等の概要をお知らせします。
第32回坂田記念ジャーナリズム賞 推薦・授賞理由
第1部門(スクープ・企画報道)
新聞の部
★ 毎日新聞社社会部大阪グループ・ダブルケア取材班
代表=社会部大阪グループ副部長・近藤大介
「ダブルケア」を巡るキャンペーン報道
推薦理由
毎日新聞は2024年1月22日付朝刊で、子育てと介護が重なる「ダブルケア」に直面する人が全国に29万人いると特報した。子育てと介護の担当部署が異なる「縦割り行政」の弊害で、公的支援が広がらない実態も描き、「ダブルケア」のワッ ペンで関西発のキャンペーン報道を1年間続けた。
急速に進む少子高齢化に晩婚・晩産化の流れも重なり、子育て中に介護も抱える人が増えているが、政府は9年前に12年時点の推計人口の公表を最後に詳細な分析をしていない。
取材班は国の就業構造基本調査を活用した独自の「オーダーメード集計」で、 「国より5年進んだ17年時点の推計人口や年齢層、性別、生活状況を分析。重い負担が女性に偏るジェンダー格差や離職、孤立といったダブルケアに潜む課題も示し、誰の身にも起こりえる深刻な問題だと警鐘を鳴らした。
読者に「自分ごと」として捉えてもらえるよう、当事者のリアルな日常生活や切実な思いを描いた連載を2度にわたり展開。Xに取材班アカウントも開設し、当事者らと意見交換する双方向の報道を試みている。
一連の報道後、国民民主党が政府に実態調査を求める「ダブルケア支援法案」 を国会に提出。先の衆院選でも与野党の多くが支援を公約に掲げ、大阪府も新 たな対策に乗り出そうとしている。社会で埋もれた実態に光を当て、国政政党が支援の充実に向けて動き出したことは、関西を拠点に活動する記者や報道機関にとっても意義があると考えている。
授賞理由
徹底した取材や調査、それらをベースに「ダブルケア」なる語句の選択や様々なステークホルダーの巻き込みによって構築される言説や世論といった、イシュー型の調査報道の典型のようなキャンペーンだと評価した。新聞やテレビ局をオールドメディアと揶揄する言説も広がる中、ファクトを構築することへのリテラシーや、報道し続ける時間の長さなど、SNSでの情報発信との違いが際立つ内容でもあった。しかし、地域共生社会づくりの名のもとに官民協働、場合によっては地域への押し付けによる包括的な支援体制の構築を、ダブルケア向けの支援制度と解説するなど、イシュー型の限界も見える内容でもあった。長期的に社会や地域を作り上げていくこの種の政策について、より短いタイムスケールの報道はどのように向き合うべきかについても考えさせられた。/ 育児と介護、それぞれに行政の窓口はあるが、タテ割りの中で、総合的な支援策は乏しい。それを補うようなボランティア活動が始まっているのは心強いが、社会としてどのような支援が望ましいのか、何ができるのか、持続的な報道でより有効な支援策を探ってほしいと思う。
★ 神戸新聞「阪神・淡路大震災30年報道」取材班
代表=報道部次長・岸本達也
神戸新聞「阪神・淡路大震災30年報道」
推薦理由
6434人が亡くなり、3人が行方不明になった阪神・淡路大震災は、2025年1月17日で発生から30年の節目を迎えた。被災地とともに歩む地元紙として、私たちは何を伝えるべきなのか。この間、自問自答し、多くの記者たちが取材を重ねながら、たどり着いた答えの一つが「災害で命を奪われない社会をつくる」だった。
震災10年報道で「守れ いのちを」と題するキャンペーンを展開したが、その後も災害が起こるたび、新たな課題を突きつけられている。震災発生から30年で「命を守る社会」はどこまで築かれたか。そして、次の30年でなすべきことは何か。原点に立ち返ることを30年報道の基軸に据えた。
都市直下を襲ったあの震災以降、日本列島は地震の活動期に入ったとされ、南海トラフ巨大地震の発生確率も高まる、災害に強い社会とは、平時から誰もが安心して暮らせる社会である。「今の災害対策はここが問題」という従来の提起に終わらず、災害を通して現代社会の課題を見つめた。ジェンダーや高齢化、人口減少、過疎、地震予知の実情など、多角的な視点から問題を掘り下げることに努めた。
一方で、災害の記憶は発生30年を境に継承が難しくなるという「30年限界説」が指摘される。あの激震で大切な人を失った遺族や人生が大きく変わった被災者たちの「声」に改めて耳を澄ませるのはもちろんのこと、震災後に生まれた若者たちに記憶や教訓を引き継いでいくことも強く意識した。
子どもや若者と一緒に学び、記憶をつなぐ新たなウェブサイト「1・17プロジェクト」を24年6月にオープン。遺族の動画やインタビューなども盛り込んでおり、学校現場での活用が進んでいる。
授賞理由
阪神・淡路大震災から30年を迎える節目。記憶の風化にいかに抗うか、その継承をテーマとした特集企画である。いくつか設けられたサブテーマのなかでは、その後に起きた東日本大震災等も取り上げ、地域の人たちの当時の経験とその後の活動や人生を記録している。幼い兄弟の遺骨を持ってきた小学生が警官からもらったパンをちぎって弟たちにも供えたというエピソードは、涙を誘う。そして、この取材を通じて二人が再会し、語り合う様子も感動的である。30年の経過にともない被災者は高齢化し、地域としての記憶の共有基盤は弱っていく。そのなかで、被災地の経験を多角的に後世へ伝え、教訓を活かしていこうとする地元紙としての強い使命感が全体を貫いている。
放送の部
★ 読売テレビ報道局・平村香月
NNNドキュメント’24 釜ヶ崎の肖像 明日への3000枚
推薦理由
大阪市西成区の「あいりん地区(通称・釜ヶ崎)」。かつては労働力として単身男性が集まり、日本の経済成長を支えてきた町だったが、バブル崩壊後、仕事は激減。高齢化も進み3畳1間の 簡易宿泊所は福祉アパートとなり「労働者の町」から「福祉の町」に変わった。「釜の写真館」 で10年以上撮影を続けてきた写真家・石津武史氏が映し出した肖像写真をきっかけに、釜ヶ崎 で暮らす人たちの懐に深く入り込んで見えてきたのは、この場所で一つの時代を支えてきた労働 者たちの誇りと強さ。ここでしか生きることができないそれぞれの理由と歴史だった。
無名の人生を生きる人々に光を当て、一人ひとりの「生と死」を描くことで、釜ヶ崎で暮らす人々や地域を差別し偏見を抱く人に「命の重さは同じ」であることへの理解と共感を深めた。放送後、SNS等で評判が伝わり釜の写真館を初めて訪れる人が増えた。「厳しい過去だけに目を向けていては見えなかった、懸命に生きた人生に気付いた」との声が寄せられ、地域を適切に理解するきっかけを作る地元局の役割を担った。また、身寄りのない単身者の葬儀を行う団体が石津氏とつながり写真撮影会が実現した。
釜ヶ崎の人々のありのままの姿を映し出した本作品は、孤立する人々を支える市民有志の活動を広げ、つながりを作る一助にもなっている。さらに、本作品は大阪や神戸の高校や大学で、人権や釜ヶ崎の歴史を学ぶ授業で教材に使われるなど大きな反響を呼んだ。
授賞理由
登場する釜のおっちゃんの「生きることが大事」という言葉が象徴するように、過酷な環境のなかで一日一日を生き抜いている人々の力強さが伝わり、励まされているような気持ちになる。鼻歌(替え歌)やおどけた仕草にはクスっと笑わせられる。肖像写真が切り取った一瞬の表情は実に魅力的で、生きた証を記録し後世に伝えるものとして、彼らにとっても大切な「財産」であることがわかる。この作品では、彼らや写真家の語りを通じて、「生きるために必要なのは人とのつながり」であることも示唆されている。ふるさとを思い、亡くなった「家族」(猫を含む)や仲間を偲ぶ姿や語りが胸を揺さぶるのは、万人に共通する心情が描出されているからであろう。久保さんが写真撮影からわずか1ヶ月後に孤独死していたというナレーションに生と死の紙一重を実感させられる。ハルカスがたびたび映されるのは、経済的繁栄とその足元にある貧困を対比したメッセージと受け止めた。
★ 関西テレビ「さまよう信念」取材班
代表=報道情報局報道センターディレクター・上田大輔
ザ・ドキュメント「さまよう信念~情報源は見殺しにされた~」
推薦理由
本作は、今では忘れ去られた事件の裏にあった3つの教訓を伝えている。 一つ目は、検察による“表現の自由”への介入にメディアがどう向き合ったか。
確かに、少年事件の供述調書をそのまま引用した本の出版には倫理上の問題 があった。しかし、強制捜査に踏み込んで取材源を逮捕起訴する必要まであっ たのか。そして、当時のマスメディアは検察による捜査を監視する視点で取材ができていたのか。メディアの敗北とも言える事件を振り返ることで現在の検察とメディアの関係に再考を促している。
二つ目は、供述調書をジャーナリストに見せた崎濱医師の存在が投げかける もの。そこには医師免許を失うことになったとしても、少年の将来を憂い“発達障害”に対する偏見を払拭したいという“信念”があった。“発達障害”が社会的認知を得ている今、過去に信念を持って行動した医師がいたことをどう受け止めるのか、メディア側の責務として投げかけている。
三つ目は、本の編集を担当した講談社の山中氏の独白から得られる教訓。安 易な供述調書の引用で取材源の秘匿を守れなかった責任の重さを伝えられる のは、実質的な本の作者である山中氏しかいない。スクープ情報を前にしたメ ディア関係者なら、誰もが同じ陥穽に落ちうる。しかしその過去を自ら顧みることはできるのか。
山中氏を始め、17年間取材対象が秘めてきた思いを掬い取り、今のメディアと社会に問いかけている。
授賞理由
メディア、ジャーナリズムの倫理を自ら問う番組として高く評価したい。対象となった事件はジャーナリズム関係者、研究者の中では注目されてはいたが、一般的には著作者の草薙氏への一時的批判で終わり、忘れられていた。改めて、「情報源の秘匿」という報道倫理を視聴者に問い、同時にメディアが自己の批判的検証を行ったものとして評価できる。
さらに、崎濱医師の医師としての倫理観、人間性があって成立するドキュメンタリーであり、その点を明らかにする点でも情報源を秘匿できなかったメディアの贖罪だとも言えよう。事件の検証については諸永記者の問題意識と取材に依拠している点はあるが、諸永氏のプライオリティを尊重しているとも取れる。そして、何よりも当該の編者者であった山中氏の肉声取材できたことは大きい。ただ、最後に当該の「少年」に手紙を書いたことは評価が分かれるのではないだろうか。
どちらにしろ、視聴者には様々な読み解き方、複合的な読解ができる優れた作品だと思う。
第2部門(国際交流・国際貢献報道)
放送の部
★ NHKスペシャル取材班
代表=NHK大阪放送局チーフプロデューサー・高比良健吾
NHKスペシャル「封じられた第4の被曝~なぜ夫は死んだのか~」
推薦理由
番組は、私たちの社会が、その存在すら忘却してきた、知られざる被ばく事件の真実に迫ったものである。1958年、海上保安庁の船「拓洋」と「さつま」の乗員113人が被ばく。その1年後、乗員の永野博吉さんが急性骨髄性白血病で命を落とした。妻の澄子さんは事件の実態を知らされずにその後の人生を過ごしてきた。それは、1945年、広島・長崎への原爆投下。1954年のビキニ事件。それらに次ぐ“第四の被ばく”とも言える事件だ。番組では、歴史の闇に葬り去られたその事件の実態を独自取材で明らかにするとともに、アメリカとの安保改定に向け、「核」をめぐって水面下で繰り広げられた「科学」と「政治」とのかけひき、その思わくにも迫った。国内外を舞台にしたスクープ性の高い取材で、知られざる被曝と、戦後政治の真実を描いたこの番組は、現代に通じる「核」と「平和」とをめぐる問題を提起しているものと考える。
授賞理由
存在すら忘却されてきた放射能被ばく事件の調査報道である。1960年日米安保協議を前に隠蔽された事実を掘り起こす調査は高く評価できる。海上保安庁の「拓洋」乗員の永野博吉さんの死亡がアメリカ側の冷戦外交の思惑と、日本の原子力政策推進のために情報操作された事実を独自調査で明らかにした功績は大きい。妻の永野澄子の死で終わるエンディングも問題が今日まで続く問題として考えることを訴えておりドキュメンタリーの秀作と言える。/ 圧巻であった。史料の掘り起こし、政治学・医学・分析化学などの学術知の動員、徹底的な関係者の洗い出しとオーラルヒストリーの記録、遺族からの遺骨(歯)の収集を可能とした関係性構築にもとづく徹底した取材などから構成される超学際的なメタ検証とでもいうべき内容で、新たな史実を浮かび上がらせた。複雑かつ馴染みの薄い内容を扱っているのもかかわらず、ストーリーや構成は明瞭で、現在の日本社会がどのように構築されてきたのかを問う内容であった。存命の登場人物の多くはいずれも90歳代で、番組制作ギリギリのタイミングでもあった。学術、特に日米関係史や国際関係論へのこの番組による影響も必至であろう。極めて貴重かつ重要な作品である。
第1回海外取材サポート事業
★産経新聞大阪本社編集局報道本部記者・小川恵理子、編集局編集委員・池田祥子(100万円)
[取材テーマ] 尊厳ある死とは
[狙い] 安楽死、尊厳死をタブー視する風潮が否めない日本。超高齢化社会、多死化社会の到来を控え、安楽死が合法化されて20年を超えるオランダなどを取材し、社会への問題提起の一助にしたい。
[訪問先] オランダ、フランス、カナダ
[紙面展開] 第1部(2024年11月24日~5回)。第2部(2025年2月2日~4回)。第3部(2025年4月予定)
★読売テレビ報道局記者・佐藤翔平(50万円)
[取材テーマ] 鉄路の安全 日本の教訓が台湾へ ~JR福知山線脱線事故19年―20年~
[狙い] 乗客ら48人が死亡した台湾鉄道タロコ号事故(2021年)。現地に招かれ、遺族や台湾鉄道関係者と交流する福知山線事故の遺族の姿を通して、鉄道の安全性を国際的な視野から伝える。
[訪問先] 台湾
[放送] 2025年夏(予定)
★関西テレビ報道センター記者・加藤さゆり、竹中美穂(50万円)
[取材テーマ] カナダから見る日本の生殖補助医療の現在地
[狙い] 日本での「特定生殖補助医療法案」が今国会に提出されようとしているが、医療を受けられる対象は「法律婚カップル」のみ。世界の先進事例を紹介しながら日本の現状とあるべき仕組みを考える。
[訪問先] カナダ
[放送] 2025年4月~5月(予定)