第31回坂田記念ジャーナリズム賞(2023年)

(敬称略)

第1回海外取材サポート事業

(敬称略)

★ 産経新聞大阪本社社会部記者・小川恵理子、地方部記者・池田祥子(100万円)

★ 読売テレビ報道局記者・佐藤翔平 (50万円)

★ 関西テレビ報道センター記者・竹中美穂 (50万円)

※訪問国、取材先、取材テーマは発表段階では非公開。

※サポート事業の概要は「お知らせ」(トップページ)の第31回坂田記念ジャーナリズム賞実施要領をご参照ください。

第31回坂田記念ジャーナリズム賞 推薦・授賞理由

第1部門(スクープ・企画報道)

新聞の部

★ 京都新聞京都アニメーション放火殺人事件取材班
代表=京都新聞社報道部社会担当部長・渋谷哲也
京都アニメーション放火殺人事件
シリーズ連載「理由」と公判報道

推薦理由

 京都アニメーション放火殺人事件の公判が始まった。かつて京都新聞が経験したことのない大事件の裁判を前に、地元紙として報道の柱を二つ定めた。一つは、なぜ凶行は起き、防げなかったのかーとの問いに、シリーズ連載で向き合う。もう一つは、歴史に残る裁判を記録する。この二つを基軸に報道を展開した。
 連載「理由」は2023年8月末から12月末までに第1~3部を終え、遺族の4年間と事件の波紋、青葉被告の「正体」、事件が社会に突きつけた問いを追った。判決直後の今年1月下旬からは第4部をスタートさせている。取材では、青葉被告の地元で同級生を探し出し、少年時代の不遇な生活実態を肉付けした。被告が放火の着想を得た青森の武富士放火殺人事件の遺族への取材や、京アニ事件を模倣した放火殺人未遂事件の受刑者と文通して深層心理を聞き出すなど、裁判だけでは見えない社会の実相や矛盾に迫った。
 公判記録では、計23回の公判すべてに1ページの特設面を設け、その日の公判の内容を最大限収容した。京都新聞では初めての試みで、紙幅の関係で省略した部分もデジタル版では全て読めるようにした。メモ起こしから記事入力まで膨大な作業を必要としたが、特に遺族の意見陳述の詳報は、遺族の無念と犠牲者一人一人の命の輝きを十二分に伝えることができた。読者の「もっと知りたい」の要望に応えることができ、法曹や警察関係者にも好評だ。

授賞理由

 地元で起きた「全国的」事件について、深く、長く記事を連載したことはジャーナリズムの当然の役割とはいえ、敬服に値する。裁判過程の報道とともに、加害者と被害者の両方の取材を重ねてその人々の人生を明らかにしようとしたことは、事件の実態を知り、原因を究明するという役割とともに、地域に生きた人々の「記憶」を記録するという地域ジャーナリズムのもう一つの役割を見事に果たしたと見える。/伝わってくるのは、孤立した加害者の荒涼とした心象風景である。そのような状況下にある人々は他にも大勢いるだろう。とすれば再び……の可能性は常にある。有効な再発防止策は見つけにくいが、社会が準備すべきことを怠ってはなるまい。読後、よぎる思いである。

放送の部

★ 毎日放送ディレクター・吉川元基
映像’23「小児性犯罪~当事者たちの証言~」

推薦理由

 「魂の殺人」ともいわれる性犯罪。なかでも被害者が小児の場合、幼き子に与える影響は計り知れない。大阪府吹田市の柳谷和美さん(55)は5歳の時に性被害を受けた。加害者は友達の父親だった。自分が受けた行為の意味を理解したのは中学生になってから。以来「自分の身体は汚い」と感じ自傷行為をやめられなくなった。転機は2009年。性暴力被害者の講演会に参加し、当事者が話す姿に衝撃を受けた。今は自らの経験を語ると共に心理カウンセラーとして、心身に深い傷を負った人たちに寄り添う活動を続けている。
 一方、子どもへの性暴力を繰り返すのはどのような人物なのかー。 東京都に住む加藤孝さん(60)は、これまで10人以上の子どもに性加害を行ったと語る。家庭教師をしていた加藤さんは強い立場の者が子どもに性加害を行うのは容易いと話す。加藤さんはペドフィリア(小児性愛)と診断され週に一度、精神科に通いながら治療に取り組む。過去に加害行為を行った事実は変わらないが加藤さんは「治療によって加害への衝動は抑えられる」と話す。
 取材開始後、大手芸能事務所の創業者による性加害が問題となった。創業者はパラフィリア(性嗜好異常)だったと指摘されている。パラフィリアの一種とされるのがペドフィリアだ。日本でも性犯罪をなくすための具体的方法を探る動きがようやく始まった。当事者たちの証言が社会を変えようとしている。

授賞理由

 小児犯罪の当事者を映像に登場させることは至難のことと思われるが、被害者、加害者ともに登場し、それぞれが十全に語っている。その迫真性にまず驚く。いろいろな意味で衝撃的だが、社会システムの変革には必要な手法かもしれない。さらに、カメラを静止させたショットを多用し、落ち着いたナレーターを採用させていることも、視聴者に問題を冷静に考えさせる意図が見えて秀逸だった。/一方つぎのような問題点を指摘する意見もあった。すでに児童の性被害防止についてはさまざまな政策が議論され、対応が打ち出されてきたわけだが、そうした現場の取り組みは触れられていない。映像は結果として「刺激」だけが強調され、「センセーショナル」に映った。歴史的な経緯、背景が加わっていればよかった。

第2部門(国際交流・国際貢献報道)

新聞の部

★朝日新聞ネットワーク報道本部記者・玉置太郎
「大阪・ミナミで暮らす移民家庭との共生に向けた取り組み」
に関する一連の報道

推薦理由

 大阪・ミナミで活動する市民団体「Minamiこども教室」は、外国にルーツをもつ子どもとその親の支援を2013年から続けている。拠点がある島之内地域は住民の3割超が外国籍という外国人集住地域で、繁華街で働くシングルマザー家庭など、貧困を抱える親子も多い。
 記者はこの教室に学習支援ボランティアとして関わりながら、記者としての取材を2014年から10年近く続けてきた。親子が抱える課題や支える人々の思いを描いた連載を2015年(朝刊全国版「いま子どもたちは」全12回)と21年(夕刊全国版「現場へ!」全5回)に展開。途中2年間の英国留学中に取材したロンドンの難民支援団体での記録も交え、朝日新聞別冊GLOBEには大型ルポ(19年)を掲載するなど、折に触れて教室に関わる記事を紹介してきた。
 そして23年10月、これまでの取材をまとめた書籍「移民の子どの隣に座るー大阪・ミナミの『教室』から」(朝日新聞出版)を出版。同書は今年1月末までに10以上の新聞や雑誌、ウェブメディアの書評に取り上げられ、「移民とマジョリティ社会の関係性を浮き彫りにする、優れた洞察の書」(高谷幸・東京大准教授、図書新聞1月27日号)などと高評価を得ている。
 日本で暮らす外国人が急増する今、共生に向き合う市井の人々の地道で先進的な取り組みを、自らも当事者となりながら、長期にわたって記録し続けたジャーナリズム活動の結実と言える。

授賞理由

 この地域では、小中学校の校長、教室のスタッフ・ボランティア、地元自治会の事務局長などが、子どもたちに寄り添い、ともに時間を過ごす。「いろんな大人がよってたかって、地域の子を見守る」こうした営みは、社会的孤立が広がる今日、ローカルなセーフティネットとしてきわめて重要である。記事の後半では、こうした個人・地域ベースのケースワークを制度的なフレームワークとして確立させる必要があることも、適切に示唆されている。この報道が日本におけるインクルーシブな移民政策の推進に資することを期待したい。/今後日本社会は否応なく“移民社会”のウェートが増していく。一連の報告で記されているような、制度とボランティアを含めた、やわらかな「共生」を積み重ねていくしかないのだろうと思う。そのための貴重な体験記ともなっている。教室の帰り道、ネオン街を寄り添いつつ帰路につく子供たちの写真が印象的だ。

放送の部

★BS1スペシャル取材班
BS1スペシャル ボクと自由と国安法と
香港 600時間の映像記録

推薦理由

 香港の大規模な民主化運動を受けて、中国が、政府への反対運動を取り締まる香港国家安全維持法(国安法)を導入して4年がたつ。今回、香港の現地カメラマンが、4年間にわたり撮影してきた600時間におよぶ秘蔵映像が、私たちに託された。そこには、香港人の誇りである“自由”が抑圧され、変わり果てていく様が市民の視点で克明に映し出されていた。「どうすれば再び自由を取り戻すことができるのか」。放送では答えを求め続ける香港の市民たちの姿を映像記録として伝えた。
 変わりゆく中国と香港の関係、民主社会における政治的自由、報道の自由、愛国主義の現実。番組は、普遍的価値としての「自由」のあり方を問いかけながら、統制を強める中国政府の姿勢も浮き彫りにし、国際社会、そして日本社会は中国政府とどう向き合えばいいのかを考える契機とするものであり、国際理解に貢献する番組として推薦する。

授賞理由

 託された貴重な記録をこれだけの時間をかけて取材編集し放送することはNHKでなくては難しいかもしれない。公共放送の「国際貢献」という意味では、貴重で、重要な貢献をした番組だと評価したい。/市民の活動が監視・制約される様子が生々しく映し出され、張り詰めたような緊張感や鬱々とした空気が漂う。メディアへの統制も強まるなか、リンゴ日報最後の日にエールを送る市民の姿は胸をうつ。「一人一人が主張しないと、自由はあっという間になくなってしまう」というカオルさんの言葉は重い。自由が脅かされていることを自覚したとき、「猪」は(どのように)立ち上がれるのか。この「香港の話」は他人事ではない。/享受していた民主と自由があっという間に失われていく様子を見て、戦中の治安維持法を想起せざるを得ない。同時に、今の日本の市民社会はこのような状況に陥ったときに抵抗力を持ちうるのかと問いかけられてもいる。

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