第30回坂田記念ジャーナリズム賞(2022年)
(敬称略)
第1部門(スクープ・企画報道)
新聞の部
放送の部
【坂田記念ジャーナリズム賞(1件)】
【坂田記念ジャーナリズム賞特別賞(1件)】
★三重テレビ放送MTVスペシャル「十人十色~多様性の中で生きる~」制作班
代表=三重テレビ放送報道制作部・川田真梨子
性のあり方を含めた多様性社会を考える報道活動
第2部門(国際交流・国際貢献報道)
新聞の部
【坂田記念ジャーナリズム賞】
該当作なし
【坂田記念ジャーナリズム賞特別賞(1件)】
放送の部
【坂田記念ジャーナリズム賞(1件)】
★BS1スペシャル取材班
代表=NHK大阪放送局チーフプロデューサー・佐藤祐介
BS1スペシャル「“紅い思想教育”習近平総書記三選の礎」
第30回坂田賞授賞理由
第1部門(スクープ・企画報道)
新聞の部
【坂田記念ジャーナリズム賞(2件)】
★毎日新聞社点字毎日部
代表=毎日新聞社点字毎日編集長・濱井良文
「点字毎日」の創刊100年に合わせた企画報道
推薦理由
毎日新聞社発行の週刊点字新聞「点字毎日」が2022年5月、創刊100年を迎えた。ラジオ放送がない1922(大正11)年、情報から隔絶された視覚障害者に自ら読める新聞を届けようと、大阪本社で「点字大阪毎日」として誕生した。世界的にもまれな点字新聞は第二次大戦中も休刊せず、視覚障害者と社会の架け橋になってきた。
大阪本社点字毎日部は創刊100年を機に、視覚障害者を取り巻く課題、多様性が尊重される社会の実現について、改めて全国の読者と考えようと、点字毎日紙面や毎日新聞本紙で企画報道を展開、オンラインイベントも実施し、多様な情報発信に取り組んだ。
点字毎日の連載「点字毎日が伝えてきたもの 100年の歩み」は、厳しい境遇におかれてきた視覚障害者の権利獲得の歴史などについて振り返り、今の課題も浮き彫りにした。考案から2025年で200年となる「点字」の意義を考える機運も高め、福祉団体などが22年12月、点字メディアの将来に関するシンポジウムを開催した。
毎日新聞本紙でも、全盲の佐木理人・点字毎日記者が2020年4月から月1回、 コラム「心の眼」を執筆。取材や自らの生活で感じた思いをやわらかい筆致で伝え、読者との交流を生んだ。政府主催の作文コンクールでは、このコラムを題材にした高校生の作品が優秀賞に選ばれた。22年2月には全盲のユーチューバーと佐木記者らが対談するオンラインイベントも開催、普段は新聞に触れることが少ない若い世代にもアプローチしている。
授賞理由
大正時代に点字新聞を発刊された先達や、100年にわたり、慈善ではなく障害者の権利保障の活動として、点字メディアの継続と発展に尽くされた新聞社・関係者の方々に敬意を表する。特集①(100年の歩み)では時代背景とともに、障害者を取り巻く状況の変遷や政治的・社会的権利獲得の歴史が多彩に描かれており、特にたびたび登場する「あはき」(三療)問題など職業的自立を取り上げた記事が興味深い。特集②では、読者等へのインタビューを通して、点字新聞がどのように読まれ、何が期待されているかがまとめられている。さらに、毎日新聞本紙でも社会面のインタビュー記事や記者のコラムを連載するなど、100周年企画への注力ぶりが伝わってくる。デジタル時代の情報保障と教育保障、地域間格差のない移動支援の保障、公共空間や職場における合理的配慮の具現化など、視覚障害者の人権保障に関する課題は現代も山積している。点字新聞が当事者や支援者のアドボカシーを支えるプラットフォームとして、次の100年も持続することを祈りたい。
★神戸新聞社「失われた事件記録」取材班
代表=神戸新聞社報道部編集委員・霍見真一郎
神戸連続児童殺傷事件の記録廃棄スクープと一連の報道
推薦理由
あの事件の記録が全て捨てられていた。1997年に小学生5人が襲われ、2人が殺害された神戸連続児童殺傷事件。当時14歳で逮捕され、社会を震撼させた「少年A」に関する事件記録を、神戸家裁が廃棄していたことをスクープした。
神戸連続児童殺傷事件は、戦後ほぼ不変だった少年法を改正する契機になった。審判書や精神鑑定書など、事件を検証できる文書が失われた事実は重い。そもそも最高裁の内規は史料的価値が高い記録の永久保存を義務づけていた。それにもかかわらず、最高裁の見解は「経緯は不明」とにべもなかった。組織の体質も問いながら、被害者遺族や弁護士、研究者らの考えを聞きとり、記録は保存すべきと丹念に報じてきた。
報道が広がると、最高裁は態度を一変させ、記録廃車の停止を命じた。経緯の調査を始め、記録保存の在り方の検証へと舵を切り、事態は動きだした。ニュースの端緒は、改正少年法を考える連載計画で少年Aを取り調べた元主任検事を取材したことだった。事件記録の開示請求を打診すると、家裁職員は淡々と「廃棄済み」と答えた。衝撃だった。
一連の報道では、記録を失った意味を読み解いてきた。司法文書も公文書であり「国民共有の財産」と訴えた。読者に、裁判記録の大切さを伝えられたと考えている。
授賞理由
「『少年A』全事件記録を廃棄」は裁判所における公文書の管理体制に大きな修正を迫ったスクープであり、メディアの果たす役割を理想的に担った調査報道として高く評価できる。もちろん、廃棄された記録が「神戸連続児童殺傷事件」という歴史的な事件のものであったことも重要であり、この事件の特異性が社会に与えたインパクトも大きい。この事件を地元紙として忘却することなく目を向けていたことが今回のスクープとその後の企画につながったことも評価したい。また、単にこの事件だけの問題に留めず、同種の少年犯罪事件の記録の現状も調査し、「国民共有の財産」である公文書の保全への提言にまで議論を進めたことも素晴らしい成果と言える。
放送の部
【坂田記念ジャーナリズム賞(1件)】
★毎日放送ドキュメンタリー担当部長・橋本佐与子
映像22「研究者法廷に立つ~特許の対価を問う理由~」
推薦理由
免疫チェックポイント阻害薬「オプジーボ」は今やがん治療で欠かせない薬だ。この薬の元となる物質「PD-1」は約30年前、京都大学の本庶佑特別教授の研究チームが発見した。その後、共同研究のパートナーでもあった大阪の製薬会社「小野薬品」とアメリカのメガファーマ・ブリストルマイヤーズによって製品化され、「オプジーボ」は世界で最も売れる薬の一つとなった。
「PD-1」を発見した本庶さんは2018年ノーベル医学生理学賞を受賞した。研究者として栄華を極めたと思われた矢先の2020年、長年のパートナー「小野薬品」を提訴する。国際裁判の協力をめぐり小野薬品側と交わした特許料率をめぐって双方の言い分に大きな食い違いがあった。
世界に先駆けて日本で承認され華々しいデビューを飾った「オプジーボ」。一方であまりに高額な薬価が問題になり、高額薬価の見直し時期を早めるルール改定につながった。毎日放送ではこの問題をいち早く取り上げ、2016年「がんとお金」という番組を放送した。(参考資料として提出) その後、薬の開発者である本庶さんのノーベル賞受賞、裁判に至った経過を取材し、「特許」という日本の基礎研究者が最も苦手としてきた問題に突き当たった。番組では研究費を国だけに頼らない方法を模索する本庶さんの決意と製薬会社の思惑、そして裁判所が最終的に下した判断までを丁寧に描いている。
授賞理由
最先端の医学研究も複雑な特許訴訟も一般視聴者にとっては決してわかりやすい内容ではない。がんの免疫治療薬「オプジーボ」は、京都大学の本庶佑特別教授のノーベル医学生理学賞の受賞で一躍有名になったが、その効果や特許の問題について私(選考委員)もまた正確に理解していたわけではない。そうした一般視聴者にむけて、本庶氏が共同研究のパートナーの小野薬品に賠償額226億円を求めて起こした訴訟の意味をわかりやすく解説している。また、それが今後のアカデミアと企業との協力関係構築の基礎となったことを前向きに捉えている点が番組の特徴と言えるだろう。リスクの高い新薬開発に投資する企業の側にも、研究に専念したい研究者の側にも偏ることなく、バランスのとれた視点で和解内容についても解説されており、報道として見事である。
【坂田記念ジャーナリズム賞特別賞(1件)】
★三重テレビ放送MTVスペシャル「十人十色~多様性の中で生きる~」制作班
代表=三重テレビ放送報道制作部・川田真梨子
性のあり方を含めた多様性社会を考える報道活動
推薦理由
三重県では2021年、性の多様性を認め合う社会を目指して条例が施行され、性的マイノリティーのカップルを公的に認めるパートナーシップ宣誓制度も導入されました。転換期を迎えた三重県に住む性的マイノリティーの人たちの存在や思いを社会に発信したいと思い番組を企画しました。
番組では、様々な葛藤がありながらも自身の性のあり方を受け入れ生きている性的マイノリティーの人たちやその家族、多様な性があることを全国に発信している三重県出身者などの姿を追いました。
取材を進める中で、「社会からの風当たりや周囲の目が怖い」と話す性的マイノリティーの人たちと多く出会いました。まだまだ社会には偏見や差別があり、それを恐れ、ありのままに生活することが難しい人たちがいることを痛感しました。
そして性に関してだけでなく「少数派」と言われる障がいのある人たちも取材し、共生社会を描きました。様々な人がいるということ、多様な生き方があること、そして一人一人が大切な存在であるということ。これが番組を通して伝えたかったことでした。
「多様性社会とどう向き合えばよいのか」
社会の在り方や、自身の言動、そして共生社会について視聴者に考えるきっかけを提供できたと考えています。
授賞理由
三重県や伊賀市が全国でみても早い時期にパートナーシップ宣誓制度を導入した自治体であることを、この番組で初めて認識した。伊賀市に移住した男性カップルや、子どもからトランスジェンダーであることを知らされた家族への取材を中心に、当事者たちの心情、特に家族の心の葛藤を巧みに描き出している。近隣住民の集会や高校生の署名活動など、地域での動向に広く目配りした構成となっていることや、アンケート結果の紹介を通じて、これが社会的課題であることを裏付けていることも優れた点である。ローカル局がマイノリティの生きづらさを主題とした作品を制作・放映することは、問題に気づいていない人への関心と理解を深め、マジョリティも生きやすい地域社会を創ることに資する意義がある。
第2部門(国際交流・国際貢献報道)
新聞の部
【坂田記念ジャーナリズム賞特別賞(1件)】
★読売新聞大阪本社経済部「京都力」取材班
代表=読売新聞大阪本社経済部主任・山本照明
企画連載「京都力」
推薦理由
京都は日本の国際交流の拠点として世界に対し格別な存在感を放つ希有な都市である。多くの人々が往来し文物を引きつける「磁場」であり、独自の技術発信を続ける「イノベーション都市」の顔も持つ。そうしたパワーの源泉はどこにあるのか。経済取材の観点や手法を応用して国際発信力の実相に迫ったのが本連載 「京都力」である。
さらに京都は歴史ある寺社仏閣の数々が集まる日本文化の中心であり、今春には文化庁も移転する。大学が集積して知の拠点を形成し、伝統産業を担う老舗と最先端企業が各々の力を融合させている。村田製作所や京セラ、任天堂など数々のグローバル企業を育んだ京都の起業家精神に迫ったことを手始めに、伝統が現代にもたらす意義について深く分析し、多くのエピソードとともに紹介した。
宗教が京都の強さの源泉となっている実態についても深掘りし、経済の視点から現代社会に与える影響を具体的に示した。食や景観、おもてなしの精神など京都が地域の力として体現し、世界の人々を魅了する 「ソフトパワー」についても多角的な取材で迫り、インタビューでは各界有識者の見解を紹介した。反響も大きく、「これまで知らなかった京都の姿を再発見した」といった読者の声が多く寄せられた。
約2年に及ぶ連載の一部は読売新聞社の英字紙ジャパンニュースでも掲載され、 広く内外の読者に国際都市・京都の現代的な意義と役割を伝えるとともに、国際交流やグローバル経済連携の深化にも貢献した。
授賞理由
古都・京都のもつ潜在力を、先端企業、起業家たちの精神、神社仏閣、大学、食、おもてなし精神…など多彩な切り口で解析している。生半可に知っていると思ってきたことが、その実、知らなかったという思いがした。
京都発の零細企業がグローバル企業へと成長していく。なぜなのか。土地狭く、海遠く、大都市でもない。だから、はじめから海外市場に目を向けていた。ハンディかならずしもハンディならずとの指摘。はっとする。日本の国力低下がいわれるいま、励ましをもらったようにも思う。
京都力とは、伝統にプラス、新しいものへの絶えざる挑戦によって磨かれているように思えた。総じて、経済部目線で京都を解きほぐしているのが新鮮だった。
放送の部
【坂田記念ジャーナリズム賞(1件)】
★BS1スペシャル取材班
代表=NHK大阪放送局チーフプロデューサー・佐藤祐介
BS1スペシャル「“紅い思想教育”習近平総書記三選の礎」
推薦理由
14億の民を一党支配で統治し続ける中国共産党。10月に行われた第20回党大会を経て異例の3期目となる習近平国家主席を党のトップとする新たな最高指導部が発足した。9600万人ともいわれる党員たちは、どのような教育、指導のもと、党への忠誠を誓い、習近平国家主席への支持を表明するに至ったのか。中国共産党の権力基盤を固めた政治思想とはどのようなものか。番組では、これまで外国メディアに殆ど開かれてこなかった、地方の党幹部たちが学ぶ 「党学校」 を半年にわたって長期撮影。 「新時代」に突入したとされる中国の行く末を考える上で、貴重な映像記録として放送し、 国際理解に貢献した。
授賞理由
3期目の国家主席を続けている習近平指導部の中国共産党の思想教育の実態を記録した貴重なドキュメンタリーとして高く評価できる。アメリカ、中国の二大覇権国家の対立の中に位置する日本人にとっても、中国共産党の党員たちの強固な指導者崇拝が何によって支えられているのかは知っておくべきことである。特に、地方党幹部が学び、それを実践する現場の映像は新鮮であり、「紅い遺伝子を植え付ける」という言葉は衝撃を覚えた。地方で貧困対策に従事する若き共産党員が理想と現実のギャップの中で苦悩する様子は特に感動的だ。ただ、彼女の活動や発言が日本で放送されることが、彼女の出世の障害になるのではないかと懸念を感じた。情報統制国家でこうした取材が出来た背景が知りたいと思った。