第28回坂田記念ジャーナリズム賞(2020年)

(敬称略)
※それぞれの部門の表記順は推薦受付順

第28回坂田賞授賞理由

第1部門(スクープ・企画報道)

新聞の部

【坂田記念ジャーナリズム賞(1件)】
★京都新聞社「ALS患者嘱託殺人事件」取材班
 代表=京都新聞社報道部長代理・清原稔也
 ALS患者嘱託殺人事件の一連の報道

推薦理由

 安楽死を望んだとされる筋委縮性側索硬化症(ALS)の女性を医師2人が死亡させた事件は、生きる権利の保障や医療倫理の課題を浮き彫りにした。取材班は事件発生直後から、女性の生前の暮らしや遺族の葛藤、会員交流サイト(SNS)でつながった医師の言動などを半年間にわたり追跡した。
 浮き上がったのは生と死のはざまで揺れ動いた女性の心情や、難病患者を追い詰める偏見などだった。重い病を抱えながらも一人暮らしを続けた女性が死を選択した事実は重いが、過去に医療現場で起きた「安楽死」事件とは一線を画し、生への希望を阻む社会の盲点や当事者に立ちはだかる障壁について考える報道を展開。また、難病患者や医療・福祉現場の関係者、学識者や宗教者らのインタビュー連載「『生きる』を語る」で、寄り添い、共に悩み続けることを訴えるなど、多角的な報道で読者から大きな反響があった。

授賞理由

 この事件のテーマは今日的社会病理と現代医学、人間道徳の3点の凝集といえる。世界では「安楽死」が認められている場合もあるが、日本では、医学的に回復の見込みがなく、痛みも激しく、かつ患者本人が死を望んだ場合に社会はどのような対処の仕方を用意できているか? だからといって、毒薬を使い「死亡させる」ことは「殺人」となる。にもかかわらず、今回の事例のように、違法な「ヤミ行為」が現実に存在して実行されていた。しかもネット利用で金銭的謝礼の違法収受もなされていた。
 誰もが納得できる回答を、評者や読者に提供できる問題ではないが、この重いテーマを粘り強く徹底取材し、事件の社会的背景まで掘り下げた模範的なジャーナリズムとなっている。さらに、医療や福祉の現場関係者や宗教学者から社会学者、心理学者まで総動員した専門家インタビューも読みごたえがあった。各専門機関だけでなく、一般読者が考えるときに参考になる情報提供になっている点も評価できる。

【坂田記念ジャーナリズム賞特別賞(2件)】
★神戸新聞社「いのちをめぐる物語」取材班
 代表=神戸新聞社編集委会幹事・森玉康宏

推薦理由

 「終活」「多死社会」などの言葉があふれる一方で、「死」は私たちの日常からは見えにくい出来事になっている。「死を見つめ、読者とともに人生の終末期について考えられないか」という編集局内のアンケートに寄せられた記者たちの声を受け「いのちをめぐる物語」の取材班が発足し、1年間のキャンペーン報道が始まった。
 重いテーマを考慮し身近に感じてもらうようにタイトルを工夫し、平易な文章を心掛けた。第1部「死ぬって、怖い?」、第2部「家に帰ろうよ。」、第3部「つながりましょう」では、介護施設や訪問看護、地域での看取りをテーマに。第4部「独りでも、まあいいか」は孤独死の現場を報告。遺族の喪失感と向き合った第5部「三歩進んで、二歩下がり」、終末期患者へ密着した第6部「あなたに伝えたいこと」、安楽死や終末期治療を報告した第7部「わたしの終(しま)い方」、そして、「死ぬって、怖い」に戻った第8部の計157本の連載に、読者の共感の輪が広がった。読者とともに考える機会をつくることにつながった。

授賞理由

 死とどう向き合うのか、すべての人間に突き付けられた重い課題でありながら、現代社会は日常生活から遠ざけるようにしている。それもまた、一つの哲学であり「宗教」なのかもしれないが、新聞が「終末期医療」に焦点を当てながら、より広く、今必要とされる、そうした哲学に切り込もうとした点、さらには様々なケースを幅広く取材し、長期にわたるキャンペーンを継続している点を、地域ジャーナリズムを超えて高く評価したい。
 普遍的で重いテーマを一般読者向けにどう取り上げるかには工夫が求められるだろう。本連載は奇をてらうことなく、おそらくは死のリスクからは遠い「普通」の記者の目線で記事がまとめられているのが良い。「いのちをめぐる物語」という主題に、高齢化・認知症、貧困と社会的孤立、地域医療、まちづくりといったサブテーマがうまく接合されていることも評価できる、優れたキャンペーン報道である。

★産経新聞大阪本社 児童虐待取材班
 代表=産経新聞大阪本社社会部次長・内海俊彦
 連載企画「児童虐待 連鎖の軛」

推薦理由

 児童虐待防止法施行から昨年で20年となったが、凄惨な虐待事件はなくならない。児童虐待をめぐる報道では、児童相談所(自相)の対応が批判されるケースが少なくない。そして、行政が対応策を打ち出すと、世論は沈静化するものの、同様の事件が繰り返される。「軛(くびき)」のように子どもたちを縛り付ける負の連鎖をどうすれば断ち切れるのか。取材班は、児相の実態や本音を伝えるとともに、現在の虐待対応には構造的な課題があるという視点を提起。また、幼少時の虐待の体験者や親たちを取材し、専門家の見解を織り交ぜながら、それぞれの立場での限界をさぐり、社会が進むべき道を考える糸口を提示した。
 児童虐待は子育ての中で起きる身近な問題であり、幅広い世代から反響が寄せられた。専門家や現場職員からは「こういう視点の記事が必要だと思っていた」との評価を受けるとともに、学校の授業で教材としても取り上げられ、論議の広がりを生んだ。

授賞理由

 児童虐待の問題が人々の意識にのぼるのは、最悪のかたちでそれが事件化した時で、残念ながら近年はそのような事件報道を目にする機会が増えている。この問題の複合的な背景要因を掘り下げ、多角的に検証した報道記事は限定的だったが、本連載企画では、独自調査を実施・分析するとともに、この問題に関わる行政機関・民間機関、当事者に対する調査等を通じ、虐待の連鎖をいかに食い止めることができるのかという問いに向き合っている。
 家族・家庭という私的な領域に政策がどうアプローチすることが適切なのかは、研究者の間でも議論が分かれる。本企画はこの難題に対し、国・地方自治体・市民社会それぞれが果たしうる役割を俯瞰的に提起している。コロナ禍で家族・家庭をどう社会に開くかが一層問われるなかで、意義深い企画報道である。「だれも、虐待を絶対しないとは言い切れない」という連載の中の言葉には深みがあり印象的だ。

放送の部

【坂田記念ジャーナリズム賞(2件)】
★朝日放送テレビ「老障介護」取材班
 代表=朝日放送テレビ報道係主任・西村美智子
 シリーズ老障介護

推薦理由

 7年前、記者の西村美智子は障害者支援団体からショックな話を聞いた。「親が死亡した後の障害者の受け入れ先がない。何カ月も何年も、ショートステイを転々としている人がいる。しかも転々とした後は縁もゆかりもない遠い地域の障害者施設に入所する」という内容だった。背景には障害者の住まい不足がある。特に重い知的障害のある人は、成人しても高齢の親が子を支える「老障介護」が当たり前で、親が大病を患っても子の受け入れ先は見つからない。緊急時の受け入れ先もない。急死した親のそばで数日を座り続けていた知的障害者のケースも報告されている。
 深刻なのは、こうした事態が世の中に伝わっていないことだ。一つの理由は世間の目への怯え。「報道してほしいけど、生んだ親が悪いといわれそうで」。そんな話を西村記者は何度も耳にした。「苦悩しながらもSOSの発信もできない障害者世帯の姿を真正面から伝え、社会で考えるきっかけにしたい」と、西村記者が企画したシリーズは2017年11月から2020年9月まで19回、延べ5時間の特集などが放送された。放送後、滋賀県で「県民の会」が結成され、県知事が住宅不足の現実を認めるなど、社会が動き始めている。

授賞理由

 障害者の住まいの不足、高齢の親による「老障介護」の問題を延べ19回にわたって継続的に報道してきたことで、我々の認識がかなり深まったこと、さらに行政を動かす力になったことを考えると、地域の課題解決のジャーナリズムとして評価できる。とりわけ、我々が時として日常生活で見かける「強度行動障害」を持つ人々とその家族の苦悩を地道に描いていることも、評者を含めて一般の健常者の認識を新たにすることが出来たと思うし、また共感を呼ぶ描き方であり、高く評価したい。
 障害者福祉と高齢化社会という二つの社会問題の重なる難問が丁寧に取材されていて、啓発的である。核家族化が進む以前であれば、周辺の親族が対応していた側面もあるのだろうが、現代日本社会が直面する喫緊の課題に光を当てており、報道の力を感じさせる内容だ。

★関西テレビ「ザ・ドキュメント」コロナ取材班
 代表=関西テレビ放送報道センターディレクター・高橋亮光
 ザ・ドキュメント「未ダ知ラナイ」「学校の正解」

推薦理由

 コロナ禍に見舞われた2020年の社会で、医療の現場、教育の「現場」で何が起きていたのかを中期的取材で俯瞰する番組を狙った。取材した公立病院に専門病床はないが、他の病院で断られたコロナの疑いがある外来者を地域の中核病院として受け入れ、病院スタッフが感染。職員らが自宅待機になり医療崩壊寸前になった。「うつす」「うつされる」両方のリスクを抱え、病院は「救急を潰し、コロナ病棟にして集約対応」という重い決断をした。物資不足、偏見など、患者を受け入れながらスタッフの意識も変化してゆく。地方の病院の日常を通して、コロナ禍が社会に突き付けた課題を浮き彫りにした。
 また、休校から再開に向かう中学校に入った。「3密回避」の掛け声に反し、教室や廊下など学校の多くの場所は「密」そのものだった。記録的な酷暑の夏に、「コロナ」と「熱中症」の相反する対応に追われる教師。部活動の大会中止で目標を失う生徒の姿も。「体育祭」を実施するかという難題が重なる。何が正しい対応なのか誰にも分からず、手探りが続く中で、生徒たちが作り上げ体育祭が清々しい。
 苦闘しながら希望を捨てず日々の活動に取り組んでいる医療関係者、教員、生徒達の姿に多くの事を学んだ。

授賞理由

 公立病院と公立中学。コロナ禍への対応を迫られた現場で何が起きていたのか。正解の見えない現場で奮闘する人々の姿を生き生きと描き出している。特に後半の「学校の正解」は秀作である。感染状況の変化に応じて社会からは時に矛盾した要請・期待が学校に課せられる。困難な課題に手探りで向き合わざるをえない教師個々の人間らしい呟きが編集で拾われていて、「先生って子どもがおらんとあかんな」「3日もその日のうちに家に帰れていない」などの語りが良い。
 探求型学習など生徒の自発性を重視する近年の学校教育が描かれている点も特徴的である。生徒会を中心に学生たち自身が学校行事について話し合い、不安を共有し、力を合わせて課題を乗り越えていくことに奮闘している。コロナ時代の新たな学校像の提起とも受け止められた。
 コロナに翻弄された2020年度の受賞作品にふさわしい作品だ。

【坂田記念ジャーナリズム賞特別賞(2件)】
★読売テレビ報道局記者・前川優也
 「ytvドキュメント 遺族とマスコミ~京アニ事件が投げかけた問い~」

推薦理由

 社会を震撼させた京都アニメーション放火殺人事件の発生当初から、前川記者は取材を続け、事件の詳細だけではなく、遺族の悲しみや犠牲者の功績を伝えた。その傍らで、多くの遺族が取材を拒否した現実に直面した。拒否の理由は、報道機関に向けられた厳しい意見で、それに目を背けてはならないと考えていた。向き合うことで、拒否していた遺族の独自インタビューに成功し、実名報道された苦痛や報道機関への痛切な訴えを浮き彫りにした。この遺族が記者に質問する想定外のやり取りもノーカットで放送、立場と意見のぶつかり合いをリアルに伝えた。
 また、当事者の意見にとどまらず、ジャーナリズムの専門家が学生に行った実験も取り上げ、報道に対する社会の認識を捉え、客観的な視点も提示した。新聞記者自身が事件の遺族になった2004年の佐世保小6女児同級生殺害事件にも目を向け、16年の歳月がもたらした「遺族とマスコミ」の関係性を深く掘り下げた。記者がマスコミの課題に正面から向き合うという独自色の濃い内容で、報道の意味を考え直すきっかけとなった。

授賞理由

 京アニ事件については、被害者の遺族の感情と取材の在り方についてNHKも同様のドキュメンタリーを製作しているが、YTVは、取材者の立場とそれに対する遺族の感情に重点を置いたもので、「実名報道」の在り方について、これまで以上により具体的な問題として視聴者に提示している点で、興味深いものとなった。そしてその立場と意見が当事者としての被害者遺族から「反論」されることで、この問題を視聴者により深い論点で訴えている点を評価したい。
 取材記者の「悩み、考え、認識を深めつつ報道にあたりたい」という発言には共感を覚える。一律的な「正しい答え」はないにせよ、その都度、あるべき方向を模索しつつ歩んでいくしかない。大いに考えさせられる番組といえる。また、新聞記者の女児が犠牲になった佐世保事件の振り返りも、番組のテーマを深めている。

★テレビ大阪取材班
 代表=テレビ大阪プロデューサー・山田龍也
 おまえの親になったるで~加害者と被害者の間で~

推薦理由

 大阪で建築会社を経営する草刈健太郎さんは、16年前に最愛の妹を米国で殺害された。犯人は妹の夫の米国人。2019年秋、その夫の仮釈放審査があると知り、草刈さんは家族代表として証言するために渡米。対面した草刈さんは、犯行を妹のせいにして謝罪すらしない男に憤りを覚えた。彼を許して自分も一歩前に進みたいとの願いは叶わなかった。
 日本で元受刑者の仕事と住居を世話する「職親プロジェクト」に取り組む草刈さん。親からも社会からも見捨てられた元受刑者が再び犯罪に手を染めないように、自らが職親となり彼らの自立を助ける事業。薬物や、障害、特殊詐欺などの罪を犯した未成年や成人に職を与えて面倒をみるのだが、裏切られることの連続だ。それでもなお、不幸の連鎖を止めるにはこれしかないと心血を注ぐ。自分の家族を殺した犯人を憎みながら、元犯罪者へ救いの手を差し伸べる、草刈さんの7年半を追ったドキュメンタリーだ。

授賞理由

 世の中にはじつに多種多様な犯罪があり、そこには多くのドラマが隠されている。その点だけに絞ってもこ ここで取り上げられた事件とその後の展開は文字通りドラマチックで人間社会のあり方を「ヒューマンとは?」という点から突き詰めようとした優れた番組となった。アメリカの映画界での活躍を夢見て渡米、そこで知り会った米国人男性と結婚、その男性に殺された妹の兄と家族が、現地での裁判に種々苦労したにもかかわらず、今は日本の犯罪者の「身元引受け人、雇用者」として全力投球している。その過程を見事に映像化した本番組から学ぶべきことは多い。
 日本財団「職親プロジェクト」にも参画している中小企業経営者の活動を取り上げた作品で、それが単なる美談に終わらず、受け入れた若者が再度罪を犯すなど、理想どおりにはいかない厳しい現実を切り取っているところが評価できる。主人公の草刈さんが犯罪遺族でもあることに着目し、加害者・被害者双方を含めた複合的な視点で物語が構成されている。加えて、家族や寮長となった元犯罪者など、他の登場人物それぞれの人生や心情にまで目配りしていることも、この作品に厚みをもたらし、魅力を高めている。

第2部門(国際交流・国際貢献報道)

放送の部

【坂田記念ジャーナリズム賞(1件)】
★毎日放送「映像’20支え合い」取材班
 代表=毎日放送報道局ディレクター・和田浩
 映像’20支え合い~中国残留邦人と介護施設~

推薦理由

 2020年1月、田山幸雄さん(61)、華栄さん(62)夫婦は、中国残留邦人たちが通いやすいようにと、兵庫県尼崎市に高齢者通所施設「三和之家」を開業した。華栄さんは生まれつきの脊椎カリエスの障害があり、1992年に来日し日中障害者交流の仕事に取り組んだが、その過程で中国残留邦人たちが高齢化し、言葉や文化の壁で日本の介護施設に馴染めないケースを知った。05年に幸雄さんと結婚し、昨年、思い描いていた施設を開業した。
 しかし、コロナ禍で利用者が減り、開業資金1600万円の返済が重くのしかかる。通所者の宮島満子さん(84)は蒙満開拓団の11人家族の一人。終戦時は9歳で、逃避行中、父親は侵攻してきたソ連に捕まり焼き殺された。赤ん坊の弟は母乳がでずに餓死。行き着いた収容所で母と兄弟姉妹をなくした。中国人養父母にもらわれ19歳で結婚し、50歳で日本に永住帰国を果たした。宮島さんにとって、この施設は「過酷な人生を送った私にとって、憧れた祖国で楽しく過ごす最後の場所」。戦後75年の夏、高齢化した中国残留孤邦人と支える人たちの心の交流を描いた。

授賞理由

 戦争は兵士の生命の奪い合いだけではなく、対立する関係国のあらゆるものに影響を及ぼすが、戦後にも目立たない形で深刻な影響のあるものも少なくない。それらの一つが外国へ出かけた兵隊やビジネス等での移住者とその家族たちである。中国へ渡ったそれら家族のうち、現地で産まれたが敗戦のどさくさでそこに置き去りされたり、中国で生まれ日本に帰れなくなった子供たちが、日本へ帰っても日本語が話せず、身寄りもないことが多く、高齢にもなっている。そんな人たちが日本の施設で暮らす様子をレポートするこの番組は、その施設運営者の苦労や入所者の歴史と現在の状態を、私たちが忘れてはならない日本の負の歴史として記録した、すぐれた作品である。
 また、中国残留邦人の帰国後の生活という個別的なテーマを主軸としつつ、障害・高齢化と介護、コロナ禍という現代社会における普遍的な問題がそこに絡められていることが、この作品の魅力を高めている。見終わって思い出したのは菅総理の「自助・共助・公助」である。敗戦時に国に見捨てられた人々が、なおも自助を前提とするこの国で生きていくことは、どれほど大変なことか。適切な公助を受けられることを願わずにはいられない。「支え合い」の政策についての重要な問いを含んだ秀作である。

【坂田記念ジャーナリズム賞特別賞(1件)】
★朝日放送テレビ「戦争が生んだ子どもたち」取材班
 代表=朝日放送テレビ報道企画部長・藤田貴久
 戦争が生んだ子どもたち

推薦理由

 森村誠一の「人間の証明」は、駐留米軍人と日本女性、その間に生まれた子どもの悲劇を描いている。40年余が過ぎ、ハーフタレントと呼ばれる芸能人が活躍し、海外にルーツを持つ人への差別や偏見は薄れたかのように見えるが、そうではない。人知れず社会の中でひっそりと暮らしている。
 番組冒頭の青木ロバートさんは取材班の制作意図と聞き取材に応じてくれた。ばーバーバラ・マウントキャッスルさんはSNSで日本人の協力者を見つけ、やっとの思いで夢だった母親探しを実現。黒島トーマスさんもテレビ取材は初めてで、孫の世代にも残る苦しみを教えてくれた。立場が違う三者が伝えるのは、消えない苦しみ、そういった人たちへの差別や偏見。それがなくならない限り、日本は真の国際交流・貢献はできない。戦後75年。歴史の闇に消えかけていた子どもたちに光を当てた。

授賞理由

 米軍占領下の日本で米兵との間で生まれた子供の戦後を丁寧に描き切っている。進駐軍が残した子どもたちの運命については、これまでも何度か描かれてはきたが、彼らも高齢化している。本人の意思が及ばないルーツにまつわる差別や偏見に対し、番組の3人の主人公たちはどのように向き合って生きてきたのか。明かされるそれぞれの人生の物語に引きつけられた。
 その一人、バーバラさんは、成人になってから比較的恵まれた環境で生活でき、さらに日本訪問がささやかな「ハッピーエンド」で終わる構成は救われる。バーバラさんの母の生前を知る人々の語りから、少しずつ母のイメージが明瞭になってゆき、最後にはついに写真が発見されるあたりの構成が巧みである。
 戦後75年を経て、人々の戦争体験やその記憶の継承が一層困難になるなかで、戦争が何世代にもわたって人や社会に傷を刻み込んできたことを、この上質なドキュメンタリーは伝えている。戦争への人々の意識の喚起や変化に訴えかける意義深い作品であるが、現代日本社会の外国人労働者や他民族に対する偏狭な態度、差別感情を変えるためにも、こうしたテーマでの継続的な取材を期待したい。

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