第18回坂田記念ジャーナリズム賞(2010年)
(敬称略)
第1部門(スクープ・企画報道)
新聞の部
第2部門(国際交流・国際貢献報道)
新聞の部
該当作なし
放送の部
該当作なし
第18回坂田賞授賞理由
第1部門(スクープ・企画報道)
新聞の部
【坂田記念ジャーナリズム賞(2件)】
★朝日新聞大阪本社社会グループ取材班
代表=西村磨・社会グループ次長
大阪地検特捜部の主任検事による押収資料改ざん事件の特報及び関連報道
推薦理由
取材班は、大阪地検特捜部が摘発した郵便不正事件及び事件の公判を追う過程で、押収資料の改ざん疑惑をつかんだ。弁護人の承諾を得て入手したフロッピーディスク(FD)を外部機関に依頼して解析、その結果、FDの最終更新日時が捜査の見立てに合うよう書き換えられた事実が裏付けられたため、大阪地検幹部に事実関係の説明を求めた。主任検事は「誤って書き換えた」と説明したが、解析結果との矛盾を突き、複数の検察関係者の証言を基に、「検事、押収資料改ざんか」(9月21日付朝刊1面)を特報した。
最高検自らが異例の捜査に乗り出し、主任検事を証拠隠滅容疑で、前特捜部長と元副部長を犯人隠避容疑で逮捕するなど検察史上、例のない事件に発展。12月には検事総長が引責辞任するに至った。取材班は①主任検事の個人的な問題に矮小化せず、検察のウミを出し切るよう報道する②政治的背景を持つ「ためにする」検察批判にはくみしない③改ざんを暴いた当事者として取材過程をできるだけ明らかにして読者への説明責任を果たすなどを申し合わせた。事件の進展を報じるとともに企画「改ざん一隠された真実」(上、中、下)、「改ざん一検察失墜の果て(上、中、下)」で取材経過や検察組織の体質や問題点を独自のデータで詳報し、「検察再生―わたしの視点」と「改ざん―わたしの視点」では計17回にわたり、検察のあるべき姿について提言した。地検特捜部の中枢の不正を暴き、背景や問題点を多角的に全国発信したことは関西のジャーナリズムの力を示し、メディアへの市民の信頼を高めた、と言える。
授賞理由
今回の押収資料改ざん事件は現在の日本で「正義の味方」の最後のよりどころとされてきた検察が、証拠改ざんまでして犯罪をでっちあげていた事実を明らかにした点で、戦後ジャーナリズムの画期的な報道になった。調査報道としても記者の日頃の修練と人脈作りが生きた特ダネ(スクープ)報道であり、その続報はメディアの「権力依存」をも告発し、企画報道として高く評価できる。この一連の記事のインパクトは大きく、捜査、取り調べの「可視化」の流れを決定的にし、ジャーナリズムの「権力監視」機能を遺憾なく発揮したもので新聞の力の復権を期待させる。
★産経新聞大阪本社社会部記者・池田祥子
連載企画「眠れぬ墓標」
推薦理由
平成22年は戦後65年の節目に当たったが、南方やシベリア、硫黄島などで戦死した約240万人のうち、半数近い114万人の遺骨は、なお「帰国」せず、現地に残されたままになっている。学生時代から遺骨収集事業に参加し、この問題をライフワークとしてとらえてきた池田祥子記者は、今一度、国家的事業として提起しようと連載に着手した。
第1部「65年目の真実」では、兄の死から70年近くが経過し、ようやく遺骨が戻った 遺族のうれしさと戸惑い、シベリア抑留の過酷な体験を胸に、たった1人で死者の名簿編纂に取り組む男性の思いなどを紹介し、「いまだ終わらない戦後」をクローズアップ。
第2部「激戦の南島」では、最激戦地の一つ、東部ニューギニアの戦友遺族会が企画した慰霊の旅に同行し、生存者や遺族の悲痛な心情、現地で遺骨が展示品になっている現実などを伝えた。第3部「極限のシベリア」ではシベリア抑留当時に旧ソ連が行った思想教育や日本人分断の苛烈さなどこれまであまり伝えられなかった事実も掘り下げた。読者の反響も大きく新たに寄せられた情報を基に一般記事も書き続けた。政府はこの年、硫黄島での遺骨収集事業の強化を図るなど、遺骨収集は「古くて新しい問題」であることを示した。
授賞理由
池田記者は、学生時代から温めてきた「後世にわたって戦没者をいかに慰霊、追悼していくか」というテーマを記者という職業を通じて丹念に取り組み、会社もその姿勢を認めていることが興味深い。そしてパプア・ニューギニアやシベリアなど直接、現地を遺族らとともに訪れ、生存者や遺族たちの生の声とともに現状をつぶさに伝えている。「英霊の慟哭」をも静かな口調で切々と訴えかけ、説得力がある。またシベリア抑留では、収容所の強制労働の実態、思想教育による日本人同士の分裂、反目の「語りがたい心の傷」にも触れているのも優れたレポートになっている。全体に遺族の方々の「悲しみの継承」が他人ごとではないことを改めて思い知らすものがあった。
選考委員の一部からは「なぜこれほどの戦死者があったのか、戦争指導者の責任を指摘し ないのはどうか」との異論もあっ たが、「声高に戦争責任問題に触れないことも静かな説得力になっている」との結論になった。
【坂田記念ジャーナリズム賞特別賞(2件)】
★読売新聞大阪本社社会部「性暴力問題」取材班
代表=橋本佳与・社会部次長
連載企画「性暴力を問う」
推薦理由
「魂の殺人」と言われる性暴力について被害の深刻さを伝え、支援策や防止策を考えるシリーズ連載企画。性暴力については、これまでマスメディアはプライバシーの保護などを理由に、単発的、あるいは裁判の過程での報道にとどまってきた。被害者も「隠したい」という意識が強く、当事者取材は困難だった。
そんな中、この企画は、被害者及び加害者をさまざまな視点から多角的に取り組んだ初めての長期連載と言える。これまで新聞報道では伏せたり、表現をオブラートに包んだりしてきた内容も読者に嫌悪感を与えない範囲で記事化してきた。性暴力がいかに卑劣なものか、 被害者の苦しみはいかに深いものか。本紙は、その実態を深く掘り下げて読者に伝えることが、社会の偏見や誤解を解消し、理解につなげることになると考えたからだ。反響は大きく、寄せられたメールや手紙は500通を超えた。「ずっと隠してきたけど今なら打ち明けられる」と孤独や苦悩を訴える被害者からの便りも目立った。
昨年春以降、性被害を対象にした支援機関が大阪府や愛知県で相次ぎ発足するなど、被害者対策への関心が高まりつつある。裁判員裁判では、性犯罪の量刑の見直しを求める判決が相次ぐなど、「量刑論議」が活発化している。この連載で伝えてきた事実が、社会の理解を少しずつだが、醸成していると自負している。
授賞理由
性暴力被害について長期の連載はそれ自体画期的だ。被害者の大部分が女性であり、精神的にバランスを崩し、生きて行く力をなくすことが多いことは実際に見聞している。これまでおおっぴらに語れなかった犯罪を明るみに出し、常習者への対策、被害者の精神的、肉体的苦痛を取り除く支援策が必要で、家庭でも職場でも地域でも男女が対等に生きていくために避けて通れない問題だ。今回の企画は丹念に被害者や加害者を追っていてこの犯罪についての偏見や誤解を丁寧に解いていく姿勢に感銘を受けた。また犯罪を誘発するかどうかに関して議論のあるアダルトビデオやゲームについても冷静に取材している点も評価できる。
★毎日新聞神戸支局「震災障害者問題」取材班
代表=二木一夫・神戸支局長
阪神大震災により後遺障害を負った人々を巡る「震災障害者」問題キャンペーン報道
推薦理由
阪神大震災(1995年1月)は多くの人々の命を奪うと同時に多くの人の肉体にダメージを与えた。特に後遺障害を負った人々は、経済的損失や心理的負担に加え、障害を背負い、震災前とはまったく異なった人生を歩まざるを得なくなった。しかし、震災から10年以上たっても行政はその実態を把握しておらず、当事者は深い孤独に閉じ込められる結果になった。
そのような「震災障害者」問題に毎日新聞が取り組むきっかけになったのは07年1月17日夕刊「0歳で震災障害、えりちゃんの12年」の記事だった。この記事を掲載後、被災者や家族らから「悩みや思いを吐き出せる場が欲しい」という声が上がり、神戸市東灘区のボランティア団体「よろず相談室」で月1回の集いの場が生まれた。
取材班はこうした動きを丁寧にフォローする中で、行政による実態把握が不可欠と考え、神戸市に調査を働きかけ、調査方法についても提言してきた。その結果、神戸市は09年、身体障害者手帳の申請書を基に調査を始め、震災が原因で後遺障害を負った人々は少なくとも183人に上るとの結果がこの年11月にまとまり、特報した。兵庫県も同様に調査、翌年8月、震災障害者は兵庫県内で328人(神戸市を含む)と発表した。
取材班はその後も連載企画や独自調査を織り交ぜ、内外の被災地の障害者の実態を特報するなどキャンペーン報道を続け、政府も11年度予算案に調査費を盛り込むことになった。
授賞理由
特別賞になったが、この「震災障害者キャンペーン」と読売新聞の「性暴力を問う」は本賞受賞作品に劣らない力作だ。
特に「震災障害者」キャンペーンは、長期にわたり、後遺障害に悩み、孤独に陥りがちな震災障害者に寄り添い、実態をきめ細かく伝えるだけでなく、自ら質問項目を作成、具体的な調査を織り込むなど苦労の多い下準備を重ねるなど「阪神大震災の実相をしっかり伝える」という姿勢がくっきり浮かび上がってきた。
また報道に自己満足せず、調査など対策面でも行政を巻き込み、実態把握ができるようになったのも大きい成果で、地元の兵庫県、神戸市だけでなく、国の予算案で調査費を付けさせたのもこうした地道な報道の成果と言える。
放送の部
【坂田記念ジャーナリズム賞(2件)】
★毎日放送報道局番組センターディレクター・奥田雅治
映像’10「母との暮らし~介護する男たちの日々~」
推薦理由
高齢の親や妻を介護する男性が急速に増えている。今や、在宅介護者の3分の1は男性で、100万人を超えていると言われている。在宅介護は家事に不慣れな多くの男性にとって重い負担になってのしかかるほか、地域社会でのコミュニケーションが苦手で悩みを一人で抱え込む人や、介護のため仕事を辞めざるを得なくなり、経済的に困窮する人も生み出す。 しかし、現在の介護保険制度は介護する側への支援はほとんどない。その結果、精神的にも身体的にも追い詰められ、要介護者に虐待を加える事例は後を絶たず、介護殺人に至るケースがあるなど、状況は深刻の度を加えている。
このドキュメンタリーでは、滋賀県の92歳の認知症の母親と暮らす小宮俊昭さん(65)の日常に密着し、24時間、気の休まることがない在宅介護の実態を浮き彫りにするとともに、 岐阜県で起きた、ある介護殺人事件を取り上げ、悲劇が起きた背景を探った。見えてきたのは周囲から孤立しがちな男性介護者の姿だった。小宮さんは自らの体験を踏まえ、男性介護者が気軽に集まって交流できる場を作ろうと動き出した。悩みを他人に聞いてもらうことで不安やストレスを少しでも解消できるのでは、との思いからだった。
高齢化社会が急激に進むのに伴い、否応なく増え続ける男性による在宅介護。その現状と課題、支援の在り方を探った。
授賞理由
今まであまり注目されなかった男性介護者の現状に迫った非常に重いテーマだ。しかし、これは希少な例でなく、多くの日本人が直面する可能性があるものだ。作品は母親を殺害した事例と現在進行中の小宮俊昭さんの事例を重ねながら問題提起。小宮さんは、母親の介護のすべてを担い、愛情を込めて接している。その姿が固定したカメラでの落ち着いた映像で表現され、胸を打つ。また増大する男性介護者たちの交流の場を作って助け合おうとする小宮さんの人間としての強さ、優しさも共感を呼ぶ。
最後の独楽(こま)のシーンもメタフォリカルで作品性にもこだわっている。これはおそらく、一般的な視聴率を意識したスペクタクル化と異なる何かがある。「映像」シリーズという定期的な枠のある編成の強みかも知れない。
★三重テレビ放送報道制作部ディレクター・脇こず恵
特別番組「今日も、上日やなぁ―島医者も家族の一員」
推薦理由
医師不足や病院の経営問題は全国的に取り沙汰されているが、三重県も例外でなく、中でも「へき地」と呼ばれる地域にとって診療所の存続、医師の確保は何よりも重要視されている。三重県では昨春(2009年)「へき地」を多く抱え込んでいる県南部の総合病院内に「地域医療研修センター」が発足、地域医療を志す医者の卵たちを育て、未来の医師を確保する 取り組みを始めた。番組で取り上げた鳥羽市の離島・神島も島民約440人の、いわゆる「へき地」であり、診療所はまさに命だ。
昨春、この島の診療所に新たに赴任した31歳のドクターは自分の家族を連れて島に渡り、島民の心の声に寄り添いながら、「たった一人の島医者」として大きな家族とも言える島民の命を守り、自らも医師として大きく成長を遂げて行く。地域医療=不便な土地での医療ではなく、地域医療とはそんな土地に暮らす人々が真に求める医療ではないのか、こうした問題意識からマスメディアができる唯一の手段として、地域の実情をありのままに、地域医療の在り方を問いかけた。
この番組をきっかけに、医師も含め、地域医療に関心を持つ人が1人でも増えれば、との願いを込めて取材を続けた。今後、新たな壁にぶつかるかもしれない、新米島医者の2年目も見守って行きたい。
授賞理由
地域の暮らしを若い医師を中心に丁寧に描いていて、地域の映像ジャーナリズムとして重要な役割を果たした作品として評価できる。暗いニュースが多い中で、島に暮らす人々の若い医師に寄せる信頼感、また診療所がまさに地域センターとして機能している様子が映し出され、安心して見ていられた。この明るさはこの医師の親しみやすい人柄からなのだろうが、医師の悩みも聞き出せたらもっと深みが出たのにと思われる。
とはいえ、告発ものではない、こうした地域ジャーナリズムもまた大切なことだ。地域社会の中の隠れた「資源」を発掘して、地域に元気を与えることは地域 社会の形成という意味でもジャーナリズムにとって重要なことなのだ、ということを改めて考えさせるものがある。