第19回坂田記念ジャーナリズム賞(2011年)

(敬称略)

第19回坂田賞授賞理由

第1部門(スクープ・企画報道)

新聞の部

【坂田記念ジャーナリズム賞(2件)】
★毎日新聞大阪本社社会部防災教育取材班
 代表=伊地知克介・社会部副部長
 「ぼうさい甲子園」と一連の防災教育推進キャンペーン

推薦理由

 子どもの命を守るためには防災教育が必要だ。災害大国日本で防災教育を進める一環として、阪神大震災から10年を機に、前例のない全国規模の防災教育のコンテスト「ぼうさい甲子園1・17防災未来賞」を、毎日新聞社が創設した。その後、兵庫県、人と未来防災センターも加わり、2011年度(第8回)まで関西発のユニークな取り組みとして継続してきた。応募は毎年全国から約100枚という実績もある。コンテストと同時に防災教育に取り組む学校や団体を紹介する新聞特集や連載を展開、関心を持つ学校や地域に参考になるデ ータとして活用されてきた。
 たびたびモデル校として取り上げてきた岩手県釜石市立釜石東中学校では、今回の東日本大震災に襲われた際、迅速に避難し、発生当時、学校にいた生徒は全員無事だった。これは「釜石の奇跡」と語られ、学校の避難行動のモデルケースとして注目されている。この避難行動を検証取材、生徒らの行動が日頃の活動の延長線上にあり、決して奇跡でなかったことを詳しく報道した。この結果、大阪の中学校などではこの釜 石東中に学ぼうという動きが広がっている。
 このキャンペーンの意義は、あまり顧みられていなかった防災教育の必要性に05年から着目し、継続してきたことに集約される。東日本大震災で防災教育の重要性が認識されたが、指針がないのが現状だ。実践校を紹介するキャンペーンは今後の防災教育のあり方を示唆するとして、国内外から注目されている。今後も発展的に継続したい。

授賞理由

 タイトルにキャンペーンの狙いと活動が端的に表現されている。2005年に創設したとのことだが、防災教育の必要性と大切さは昨年の東日本大震災によって不幸なことながら否応なく示された。同じ被災地にありながら「釜石の奇跡」と言われた学校と、多数の犠牲者が出た学校との差が裏付けられることになった。
 紙面では生徒たちの防災への取り組みが写真とともに紹介され身近に感じられ、説得力もある。こうした記事などをまとめ記録誌「ほうさい甲子園」も「犯罪と災害から子どもたちを守る取り組みの」の貴重な実例として活用の余地が高いデータになっている。今後、さらなる防災教育の発展が期待される。

★京都新聞社「ひとりじゃないよ」取材班
 代表=大西祐資・社会報道部社会担当部長
 連載「ひとりじゃないよ」を中心とした脱・孤立キャンペーン

推薦理由

 社会に孤立が急速に広がっている。それは男女老若を問わない。連載「ひとりじゃないよ」を中心とした「脱・孤立キャンペーン」では、孤立する人々の現実と、背景にある貧困やセーフティネットのほころび、個人主義、地域社会を丹念に描いた。
 その上で、どうすればみんなが幸せに暮らせるのか、明確な答がない中、新たな支え合いの形を探った。孤立のみにスポットを当てることはせず、小さくとも困っている人に寄り添い、支援の手を差し伸べる人々の姿と創意工夫を描き続けた。支援の輪を広げたかったからだ。
 キャンペーンは、2010年11月から2011年7月までの長期にわたった。1~6部の連載に加え、ワッペン付き関連記事やインタビュー編で構成している。連載の合間には、読者から支え合いの方法や支援活動を募り、第2社会面に設けた「私の提案」「私の願い」欄で紹介、孤立の解決策を読者とともに考える紙面作りを目指した。
 「権力の不正を暴いた」などの劇的な報道の成果はなかったが、「ひとりじゃないよ」のキャンペーンに共鳴した読者たちが、新たな支援を提案し、立ち上がった。それこそがキャンペーンの果たした役割だった。

授賞理由

 社会問題を扱う際、①社会全体の構造の中での位置付け②家族等の親しい周緑 ③個人とその内面、さらには④歴史的流れという方向からのアプローチが考えられる。そしてこの4つの局面の統合から全体像が浮かび上がる。受賞作品はこの4つの視点を失わず、企画報道として見事であった。また現在の日本では3・11大震災(地震、津波、原発事故) 問題を抜きにしてメディアの役割は語れないが、この点でも本連載はいち早くその意味を第4部 「帰郷の日まで」で取り上げ、時宜を得ている。
 読者からの「私の提案」も興味深く、またインタビュー編で有識者の提言も紹介されているが、こうした意見に関して行政なり、関係団体などの応答があれば、読者はもっと問題のありかを理解できたのではないか。

放送の部

【坂田記念ジャーナリズム賞(2件)】
★NHK大阪放送局報道部生活保護取材班
 代表=前田浩一・チーフプロデューサー
 “生活保護 3兆円”を問う

推薦理由

 生活保護受給者が全国最多で自治体の中でも最も問題が先鋭化している大阪市。NHK大阪放送局では、記者とディレクターがチームを組んで現場取材を重ね、ニュース・番組を問わず様々な機会に放送してきた。
 2011年1月の「関西熱視線 悪用される生活保護」(関西域内放送)では受給者が貧困ビジネスに利用されるうちに自らも不正に加担していく深刻な事態を報告し、同2月には「クローズアップ現代 狙われたセーフティネット」(全国放送)で、受給者が社会復帰するための総合支援資金貸付制度で、貸付金の大部分が戻ってこない異常な事態を伝えた。そしてこれらを集大成する形で9月16日、「NHKスペシャル 生活保護3兆円の衝撃」(全国放送) を放送した。生活保護はセーフティネットとして必要不可欠な制度だが、一度受給すると社会復帰への意欲が失われがちになり、貧困ビジネスの温床になることなどを、現場で撮った映像と音声で生々しく記録した。また生活保護費は自治体の財政を圧迫し、受給の適正化や就業支援強化などの対策が迫られているが、なかなか効果が上がらない実態を描き、今後の方策について識者の提言を交えて伝えた。視聴者からは数多くの驚きや憤りが寄せられた。

授賞理由

 理由はいろいろあるが、大阪市の生活保護受給者は全国最大で、その結果、他の市民向け施策が後退せざるを得ない状況を招いている。また生活保護受給者の一部がそこから抜け出る努力をしないため、こうした人々を利用するいわゆる貧困ビジネスも暴力団や詐欺師グループが絡んで多発している。NHK大阪放送局はそうした悲劇的悪循環をあぶりだし、受給者にも周囲の関係者にも人間としての生き方、働く意義を考えてもらおうと努力してきた。
 一方で生活保護によって本当に働けない人が救われていることも事実であり、社会的告発だけでは現実的解決は望めない。一連の番組はこの矛盾にも目を配り、まず、事実を押さえ、着実にこの問題を社会化し、次のステップを考えさせることに成功しているといっていい。
 格差が広がる社会の難問だが、対極的な関係識者のインタビューも抽象的で対比的なままにしているが、ここは実態を追って来た報道者として解決への方向性を出してもいいのでは、とも思わせた。

★読売テレビ「関西から支える」取材班
 代表=山川友基・報道局報道デスク
 関西情報ネットten!シリーズ企画『関西から支える』

推薦理由

 未曾有の被害をもたらした東日本大震災を前に、17年前の阪神大震災の時に全国から寄せられた厚い支援を受けた関西はどう応えることができるか。しかし、取材班が苦労して考え、発掘するまでもなく、支援活動は関西各地で大きく広がっていた。時には個人が、時にはグループや企業が、それぞれの地道な活動で関西から東北の被災地へエールを送る活動を開始していたのだ。
 我々取材班はこうした活動を取材し、『関西から支える」と題して2か月半にわたり企画報道を行った。震災で犠牲になった人々に、和歌山から弔いの花を届けようと奮闘する女性。 不自由な暮らしを余儀なくされる被災者のために仮設住宅の増産に取り組む奈良のメーカーの工場長。被災地にランドセルを送り続ける兵庫の企業。営業時間外のシャンプーサービスで義捐金を募り、被災地支援を続ける西宮の美容師。被災地から届く食材にこだわって料理を提供する高級ホテルのシェフ。音楽の力でエールを送ろうと、チャリティイベントを計画、実行するライブハウスの経営者・・・。そこには、今こそ日本に求められる絆と優しさがあった
 我々はこの企画を関西で報道するだけでなく、系列の被災局でも放送。番組を見た多くの被災者から「勇気づけられた」というメッセージが届くなど大きな反響を呼ぶとともに、震災報道を継続することの意義を改めて提示することができた、と確信している。

授賞理由

 17年前の阪神大震災経験者から今回の東日本大震災の被災地や被災者にどのような支援がありうるのか、非常に関心のあるテーマだった。この番組で紹介された例はどれも被災者が待ち望んでいる支援ばかりで送り主の暖かい心と、受け取った人々の喜びを多面的に描写していた。大型トラックを運転中、阪神大震災による阪神高速道路の崩壊に遭遇、同乗の赤ちゃんにミルクをあげようと路肩に駐車して命拾いした母親がいた。その母親は今回、17年前と同じトラックに家業の花と、得意先の人々から寄せられた衣類やふとんなどを積み、成長した息子とともに被災地に届けたという。圧巻のエピソードであり、多くの共感を誘った。自分のできることをできる範囲で工夫をこらしてやる、というボランティアの原点をもう一度しっかり見つめる取材を淡々と重ねたシリー ズで支援のありかたについても多くの示唆を与えるものがあった。

第2部門(国際交流・国際貢献報道)

新聞の部

【坂田記念ジャーナリズム賞(1件)】
★日本経済新聞大阪本社「アジアを駆ける」取材班
 代表=橋本隆祐・経済部次長兼編集委員
 連載企画「アジアを駆ける」

推薦理由

 日本経済新聞近畿経済面に掲載した「アジアを駆ける」は2010年7月から11年8月にかけ7部に及んだ連載企画で、地理的に近く歴史的にもつながりの深いアジアと関西の関係を多角的に紹介した。生産拠点の拡充や市場開拓、人材確保といった企業活動だけでなく、科学技術や文化、教育など多様なテーマを取り上げた。
 特に人々の交流に焦点を当て、関西在住のアジア出身者やアジア各地で活躍する関西出身者を幅広く取材した。主要企業を対象にしたアンケートでは、7割の企業で留学生の採用実績があることや、役員・管理職への登用も進んでいることなど、関西企業とアジア出身者の関係の深さを浮き彫りすることができた。近畿圏に住む社会人・大学生500人を対象にアジアに対する意識調査も実施、関西圏にとって注目すべき地域としてインドが中国を抜いて首位に立つなどアジアに関する意識変化を伝えた。
 経済発展の段階が各国・地域で異なり文化や宗教などの面でも多様性を持つアジア各地の現状を紹介するため、現地取材も広範囲にわたった。連載記事の一部は日本経済新聞電子版や英字新聞「NIKKEI WEEKLY」にも掲載、全国の読者や海外向けにも発信した。

授賞理由

 日本経済新聞は従来から関西とアジアをテーマに取材を継続してきたが、今回の応募作は成長への活路▽懸け橋の気概▽市場興隆ルポ▽大学「入亜」のススメ▽グローバル人材活躍▽市場開放戦略を聞く▽新・新興国の熱風という7部構成で多角的に描いており、さすが日経という説得力がある。また大規模なアンケートでトレンドを把握するなど地味な努力も見逃せない。
 企業の利潤率を上げるという経済原理が、単にアジアを市場と見るだけでなく生産パートナーとしてしなければ成り立たない姿を丁寧に描いている。特にそれぞれの場で活躍する人々の交流に焦点を当て、具体的な人材登用や市場開拓への取り組みなど「アジアを駆ける」人々の最新状況を伝えて興味深い。関西企業の動向に留意しているのも親切だ。アジアと関西は歴史と文化で深いつながりがあるが、それが企業活動にどのように反映しているのか、これを追及すればもっと深くなったと思える。

放送の部

【坂田記念ジャーナリズム賞特別賞(2件)】
★毎日放送ラジオ局番組センター東日本大震災取材制作班
 代表=太田尚志・報道担当副部長
 Radio News「たね蒔きジャーナル」の原発事故報道

推薦理由

 世界を震撼させた東京電力福島第1原発事故。海外のメディアがその重大さを伝える中、平日の夜に放送している報道番組「たね蒔きジャーナル」にメールが届いた。「助けてください。正確な情報をください」。福島からの切実な訴えだった。
 わが国のメディアは政府や東電の発表を伝えているが、原発事故の正しい情報にいかにして近づくのか。「原発ムラ」に染まっていないさまざまな分野の研究者に取材することが、政府や東電の発表よりも現実に近いことがわかり、京都大学の小出裕章助教にはほぼ毎日、見解を聞いた。福島第1原発事故の対処には、チェルノブイリ原発事故を正しく知る必要がある。番組では、当時現地にいたウクライナ人や、現地調査を続けている医師、学者の証言を積み重ねた。ヨーロッパの食の安全対策や脱原発に向けた国民意識なども現地から報告してもらった。
 こうした日々の原発事故報道はインターネットを通して世界中で聞くことができ、日本各地からだけでなく、世界中から反響があった。海外からのメールは100通を超えた。なお、この原発事故報道は出版社により本になった。

授賞理由

 震災直後から原発事故にかかわる放射能汚染について、小出裕章氏をゲストにし「たね蒔きジャーナル」は、信頼できる情報を市民に伝えた点で特筆される番組であり、事故直後の緊迫した状況を伝える貴重な記録の一つである。
 質問者であるキャスターが原発の安全神話に包まれてきた立場から素朴な疑問を投げかけたのに対し、小出氏は専門家の立場から原発事故の重大性について丁寧に説明。両者のやりとりは切実で新鮮でもあった。チェルノブイリの被災者らとの交流やインターネットを通じて世界中から反響があったという点でも、偉大な貢献報道である。
 また特にこうした災害時、手軽に聞けるラジオの役割があるが、このラジオによる報道の力を再認識させた点でも高く評価できる。

★関西テレビ報道番組部脱北者たち取材班
 代表=土井聡美・プロデューサー
 ザ・ドキュメント「脱北者たち 大阪・八尾に生きて」

推薦理由

 「地上の楽園」と信じて「帰国事業」で北朝鮮に渡ったものの、食糧事情や政治的弾圧に絶望して逃げ出した「脱北者」。日本政府は人道的見地からその受け入れと定住を認めているが、公的支援はないに等しく、脱北者の先輩や支援者たちが面倒をみている。こうした中、 約 30人の脱北者が支援者を頼って大阪府八尾市でひっそりと暮らしていることは、地元 でもあまり知られていない。
 八尾に新たに加わった脱北者一家。妻は子どもの時に在日朝鮮人として西日本に一時住んでいたことがあるが、日本語をほとんどしゃべれず、夫と息子は全く話すことができない。 自立を目指すが社会とは断絶している。一家を支援しようと、先輩の脱北者や支援者が日本語習得や就職のために奔走。だが「北朝鮮でも死にたいと思わなかったのに、日本に来て初めて死にたいと思った」と、脱北者は苛立ち、絶望を語るのだ。
 これまでにも脱北者の政治活動や日本人妻の苦悩などを描いた報道は多くみられたが、これほどまで脱北者の日常生活をリアルに取材し、実際の姿を映像で迫ったものは記憶がない。「事実上の難民」である彼らの姿を通して、「日本社会のあり方をも問う」番組となった。

授賞理由

 北朝鮮からの脱北者たちは日本にやっと逃れてきたものの、日本語の習得が先決で就職もままならない状態という。わが国ではいまだにいわゆる「難民」の受け入れに大きな壁がある。脱北者の場合もその例外ではないだろう。一方、脱北者の側にも「日本に行けばなんとかなる」というあいまいな情報に固執する傾向もみられ、問題をより複雑にしている。その間に立って解決の方向へと努力する元日本人妻の苦労が、この番組で率直に画面に表現されている。
 日本に生きる脱北者の意味を明らかにするためにはもう少しきめ細かい取材が求められるが 、大阪の郊外の下町に日本社会、国際問題の矛盾が集約されていることを示した力作であると評価したい。

坂田賞一覧