第17回坂田記念ジャーナリズム賞(2009年)
(敬称略)
第1部門(スクープ・企画報道)
新聞の部
第2部門(国際交流・国際貢献報道)
新聞の部
【坂田記念ジャーナリズム賞(1件)】
★朝日新聞大阪本社編集局「写真が語る戦争」取材班
代表=永井靖二・編集局社会グループ記者
長期連載企画「写真が語る戦争」
放送の部
第17回坂田賞授賞理由
第1部門(スクープ・企画報道)
新聞の部
【坂田記念ジャーナリズム賞(2件)】
★毎日新聞大阪本社編集局「点字の父生誕200年」企画取材班
代表=関野正・社会部副部長
点字の父・ブライユ生誕200年にちなんだ点字と視覚障害者に関するキャンペーン報道
推薦理由
2009年は点字を考案し、「点字の父」と称されるフランスのルイ・ブライユ(1809~52)の生誕200年に当たる年だった。この節目に世界でも例のない点字新聞「点字毎日」を90年近くにわたり発行している毎日新聞大阪本社は視覚障害者を取り巻く様々な問題を取り上げ、ノーマライゼーション社会実現に向けてのキャンペーンに取り組んだ。スタートは「点字が拓(ひら)く」と題し点字によって世界が広がり、新たな生きがいを得た教員や弁護士を紹介、両目と両腕を失いながら唇で点字を読む方法を体得し、盲学校の教員になった男性を取り上げた初回は読者に感動を与え、大きな反響があった。キャンペーンは全体で6部の連載を展開、また特報として点字受験を門前払いした大阪市保育士採用試験で同市の方針を撤回させたほか、点字受験の全国調査を実施、認めているのは6割に満たない実態を明らかにした。さらに視覚障害者にとって「欄干のない橋」と例えられる駅ホームで、可動式ホーム柵の設置率は全国でわずか3.7%しかない実態も明らかにした。2010年は日本点字が制定されて120年になる。今後も視覚障害者だけでなくバリアフリー全般について報道を続けたい。
授賞理由
選考委員会では「毎日新聞は大阪毎日新聞時代からいち早く社会福祉事業に積極的に取り組んできた。大毎慈善団(現・毎日新聞大阪社会事業団)や世界に類例のない『点字毎日』の発行などがその1例である。今回のキャンペーンはブライユ生誕200年記念として改めて今日、視覚障害者が直面する様々な現場を実際に取材し、問題打開を探ったものだ。実際、保育士受験問題では具体的な成果を上げた。こうした問題が広く市民全体と密接に関わる社会的な課題であることも具体的に明らかにした」とキャンペーン全体を評価することで一致、6部に及ぶ多くの具体的事例を通して地道に丹念に報道活動を持続していることを評価した。
★読売新聞大阪本社社会部記者・佐々木栄
連載「約束~若年性乳がんを生きて」「続・約束~乳がんと闘って」
推薦理由
佐々木栄記者は乳がんのため26歳で2009年5月に亡くなった札幌市の大原まゆさんとの5年余りの交流と、自らが23歳で乳がん宣告を受けた体験から乳がんへの社会の理解を深めてもらおうと連載に着手した。講演や著書を通じて社会に乳がんの問題を訴えてきた大原さんの真摯で前向きな生き方を紹介。彼女との交流を支えに記者生活を続ける記者自身の思いの変遷も丹念に描くとともに、若い女性たちの低い受診率や患者に対する医師らの接し方など医療を巡る課題も取り上げた。大原さんの言葉「試練の中にこそ得るものがある」と提起したこの連載は、患者や家族、医療従事者だけでなく一般読者にも大きな反響を呼び、「すべての女性に生きるヒントをくれた」など240件を超す手紙やメールが寄せられた。
こうした読者からの声をもとに佐々木記者は「続・約束~乳がんと闘って」を5回掲載し、病と向き合い、出産や子育てに挑む女性たちの軌跡を描いた。これを機に大原さんの闘病記を原作にした映画の観賞会が各地で開かれるなど、女性の20人に1人が患うという乳がんに対する社会の理解を深め、患者への共感を喚起することに寄与した。
授賞理由
選考委員会は「自らが乳がんを宣告された、ということもあるだろうが、佐々木記者の取材対象の大原まゆさんに対する眼差しが、客観的なデータに支えられながら、温かく愛情が感じられ、それが患者らを励まし、生きる力を与える。それを見事に描き出した連載である。これがさらに読者を勇気づける。また単に報道するだけでなく患者同士をつなぐ結び目としての役割も果たしている」と評価した。
放送の部
【坂田記念ジャーナリズム賞(1件)】
★朝日放送「北朝鮮帰国事業50年」取材班
代表=石高健次・報道局局次長プロデユーサー
ドキュメンタリー・スペシャル「悲劇の楽園~北朝鮮帰国事業、50年目の真実」
推薦理由
1959年12月、在日朝鮮人の第1陣を乗せた船が北朝鮮に渡った。約10万人が永住のため渡った「北朝鮮帰国事業」の始まりだった。あれから50年、「地上の楽園」が待ち受けていたのは想像を絶する過酷な運命。あの「帰国事業は何だったのか」を問おうというのが企画意図である。今回の番組の主人公は脱北日本人妻の斉藤博子さんで、斉藤さんは厳しい思想統制や餓死と隣り合わせの過酷な現実から脱北し、日本で北朝鮮に残された子供たちを救おうと活動を続けてきた。ところが斉藤さんは中国人の密入国を手助けしたとして逮捕され、有罪刑を受ける。脱北の際、匿ってくれた中国人の頼みを拒否できなかったからだ。
今回は斉藤さんだけでなく、他の帰国者たちがたどった運命を描くとともに帰国事業について当時の日本政府、朝鮮総連、赤十字社がいったいどういう認識だったのか、最新の研究、調査によって明らかになった「不都合な真実」の存在を指摘する。もちろん当時のマスメディアも。朝日放送はマスメディアとして初めて帰国者の行方不明問題を取り上げ、問題提起してきたが、今回は20年にわたり、朝日放送が追及してきたテーマの総決算と自負している。
授賞理由
選考委員会では「この作品は日本で本格的に北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)による拉致行為をテレビ番組にした朝日放送が北朝鮮への帰国事業の実相を、それに関連した官民の組織的対応までからめて集大成したもので、朝日放送しかできない番組である。テレビのスクープは珍しい映像や速報性によるものが多いが、この作品はテレビによる調査報道として高く評価できる。改めてこの事業を推進した当時の朝鮮総連やそれを支援した日本政府の指導者の一部らの責任問題が思い起こされるとともにこの間題の切実さ、重大性をわれわれ一人一人に投げかけてくる」と評した。また委員の一部からは「番組制作のきっかけが1人のディレクターの情報入手と熱の入った取材から始まっていることも後に続くジャーナリストへ勇気を与える」などの指摘もあった。
★NHK奈良放送局、大阪放送局診療報酬詐欺事件取材班
代表=稲垣雄也・奈良放送局放送部記者
クローズアップ現代「貧困狙う”闇の病院”」
推薦理由
奈良県大和郡山市の山本病院で明らかになった診療報酬詐欺事件。実際には行っていない手術で診療報酬を請求したとして理事長の医師ら3人が詐欺罪で起訴され、さらに奈良県警は必要のない手術で患者を死亡させた傷害致死の疑いで捜査を進めている。NHKでは事件が明るみに出る2カ月以上前から山本病院と関係する医師、患者らへの取材を開始、 事件を報道しながら番組放送までの半年を超える長期取材を行った。番組は奈良県の調査・再発防止委員会の発表時期に合わせ、医療と福祉の狭間にある生活保護の患者につけ入る「病院の貧困ビジネス」とも言える不正の数々、患者を繰り返し転院させて診療報酬を確保する病院間の闇のネットワークなど事件の深層に迫り、構造的問題を浮き彫りにするとともに再発防止の道を探った。
放送終了後、「逮捕前の理事長インタビューの映像に驚いた」「医師・患者の証言、診療報酬の書類など裏付け取材が綿密だった」「事件の背景が鮮明になったことで問題の解決策が見えてきた」など番組の肯定的意見が相次いだ。視聴率も関東14.8%、 関西13.4%と高く、事件の深刻さを広く市民に伝えることができた。
授賞理由
選考委員会ではまず「こんなところにも貧困ビジネスがあった。生活保護者を食い物にする悪徳医師の逮捕前の姿がよくとらえられ、26分という短い放送時間ながら、現代の日本社会の闇をえぐりだした。全国ネットの番組クローズアップ現代で採用されたのも奈良放送局の記者の奮闘があったからで、こうした地方局からの全国発信のモデルにもなる」との評価で一致。さらに選考にあたり「世の中が安定した状態になると必ず制度を悪用したビジネスが出てくる。それが医療や福祉に関係する場合、こうしたビジネスが見分けにくくなる。 この作品は生活保護者が医療にかかる時、公費負担になる制度が悪用されたもので、調査報道が地道な取材の積み重ねによって完成することを実証している」との賞賛も多かった。
第2部門(国際交流・国際貢献報道)
新聞の部
【坂田記念ジャーナリズム賞(1件)】
★朝日新聞大阪本社編集局「写真が語る戦争」取材班
代表=永井靖二・編集局社会グループ記者
長期連載企画「写真が語る戦争」
推薦理由
朝日新聞大阪本社にはアジア各地の戦前戦中の写真約7万2000枚が保存されている。当時の特派員らが撮った兵士や最前線の模様、「大東亜共栄圏」各国の市民の暮らしぶりが記録されている。奈良県内に疎開させていたため、敗戦前後の処分を免れたもので、戦後預けていた倉庫会社の名前から「富士倉庫資料」と呼ばれてきた。
戦争の実相を後の世代にも広く伝えようと、創刊130周年記念事業として「歴史写真アーカイブ事業」が企画され、並行して保存写真をもとに被写体や関係者の取材で構成する月1回の「写真が語る戦争」を2006年8月から開始、09年3月まで33回掲載した。この連載の取材に関わった記者、カメラマンは25人。中国、韓国、インドネシア、ロシアなど海外6カ国でも取材を重ね、可能な限り、写真に写っている人物や縁故者を探し出した。
「取材過程で「合成」と批判されていた南京虐殺の写真については別角度のコマを見つけたほか日中の研究者らとともに「幻」とされていた旧軍の大興安嶺要塞も確認した。近代史研究者たちからは「過去を現在にどう繋いで明日への展望を切り開いていくのか、その視点を示した」と評され、各国との国際理解の発展に資する報道になった。
授賞理由
選考委員会は「戦争については事実に向き合うことなく過去を美化するようなことがしばしば行われているが、この連載は歪められやすい戦争の真相を後世に伝える一級の資料にもなった。企画の構成は戦時中の写真と丁寧に向き合い、被写体の関係者を求めて海外取材を敢行、また写真に関連した事項の専門家とのインタビューを織り込むなど優れている。読者にも呼びかけ、読者が大切に保存してきた戦時中の写真の提供を受け、掲載したことも企画の厚みを増した」と評価。選考委員からは「技術面では近年の新聞における写真印刷の発達によってより鮮明になった写真が読者を引き付ける」との指摘の一方、「当時使われた写真説明については、戦況とその関連など比較検討しながら、考察することも大切」との注文もあった
放送の部
【坂田記念ジャーナリズム賞(1件)】
★関西テレビ「父の国 母の国―ある残留孤児の66年」取材班
代表=柴谷真理子・報道番組部ディレクター
「ザ・ドキュメント『父の国 母の国―ある残留孤児の66年―』」
推薦理由
国に対する各地の集団訴訟を経て、「改正中国残留邦人支援法」(2007年)が成立、「決着済み」としてあまり報道されなくなった「中国残留孤児問題」。中国残留孤児の中には終戦後に祖国から死亡したとみなされ、ようやく始まった帰還事業でも十分な支援もないまま、年老いていき、改正支援法でも国の責任は認めず、「生活保護」に準じた扱いを受けるという三度の“棄民”による苦しみを受けてきた人がいる。この番組ではその一人で中国残留孤児の兵庫訴訟で原告団長を務めた初田三雄さんに密着取材した。初田さんは2歳の時に終戦を迎え、旧満州の奉天(現・瀋陽)で育った。文化大革命では日本人という理由だけで迫害を受け、日中国交回復後も農村を転々とし、87年ようやく帰国を果たした。しかし夢見た祖国の現実は厳しく、肉体労働を続け、60歳で定年後も、妻とアルミ缶を拾う仕事を続けている。こうした初田さんの半生を振り返るとともにその後の帰国後の生活と心情を追うことで国家の残酷さとともに国家の責任が明確にならなかったことで「給付金」の申請を拒否する人間の尊厳や矜持を描き、「残留孤児問題は今も続いている」ことを改めて社会に訴える作品になった。
また文化大革命が残留孤児にとって非常に辛いものであったことも具体的に明らかにできたこともこの作品の成果だ。
授賞理由
選考委員会では「残留孤児問題というとつい構えて見てしまいがちだ。この番組ではじめ はそうだったが、次第に素直に引き込まれた。その理由は主人公の初田さんという方の人間としての存在感であり初田さんを育てた中国人の養母の温かさと強靭な魂に魅せられるからだろう。養母は文化大革命中、あくまで初田さんを中国人として自分の子として迫害の中、守り通したという。初田さんは昨年3月、義母の墓参をした。小さな墓を見つけて泣き伏す初田さんの姿は感動させる。初田さんの人間としての誇りを持った生き方に寄り添うことを認めさせ、記録してきたディレクターの存在とその取材手腕にも感銘を受けた。戦争が 原因になって国家の対立と歴史の動きに翻弄される個人の問題に焦点を当てた秀作になっており、中国残 留孤児問題を深く考えさせる作品である」と評価した。また、選考委員の一人は「初田さん夫妻の里帰りはどのような経過と経費で実現できたのか、番組の中で明らかにすべきでなかったか」との注文もあった。